アルフレッド・アドラーとは?生涯と思想をわかりやすく紹介|何をした人?

アルフレッド・アドラーとは?生涯と思想をわかりやすく紹介

「人は変わることができる」

「過去だけで人生が決まるわけではない」

「他人と比べるのではなく、自分自身の人生を生きる」

こうした考え方で、現代の日本でも多くの人に知られているアドラー心理学

その考え方を生み出した人物が、オーストリアの精神科医『アルフレッド・アドラー(Alfred Adler)』です。

アドラーの名前は知っていても、

「そもそも、アドラーって何をした人?」

「フロイトとは何が違うの?」

「どうして劣等感について考えるようになったの?」

ということまでは、意外と知られていないかもしれません。

アドラーの思想を深く理解するためには、理論だけでなく、彼自身がどのような人生を歩んだのかを知ることも大切です。

病弱だった幼少期。

医師として見つめた人々の生活。

フロイトとの出会いと決別。

戦争を経験した後に強くなっていった、人間同士の協力への関心。

彼の思想は、机の上だけで生まれたものではありませんでした。

この記事では、アルフレッド・アドラーとはどんな人物だったのか、その生涯と思想を初心者にもわかりやすく紹介します。


アルフレッド・アドラーとは?

アルフレッド・アドラー(Alfred Adler/1870–1937)は、オーストリア出身の医師・精神科医であり、アドラー心理学(個人心理学/Individual Psychology)を創始した人物です。

1870年にウィーン近郊で生まれ、ウィーン大学で医学を学びました。

心理学の歴史では、ジークムント・フロイト、カール・グスタフ・ユングと並んで名前を目にすることの多い人物でもあります。

しかし、アドラーが考えた心理学は、フロイトとは大きく異なりました。

人間を過去の経験だけから説明するのではなく、

「人は何を目指して生きているのか」

という未来や目的にも目を向けたのです。

また、人間を孤立した存在としてではなく、家族や学校、職場、社会など、他者との関係のなかで生きる存在として捉えました。

こうして生まれたのが、現在「アドラー心理学」と呼ばれている思想です。


アルフレッド・アドラーの生涯

アドラーの思想を理解するために、まずは彼がどのような人生を歩んだのかを見てみましょう。


1870年|ウィーン近郊に生まれる

アルフレッド・アドラーは、1870年2月7日、オーストリア=ハンガリー帝国のウィーン近郊に生まれました。

アドラーは幼いころ、決して健康な子どもではありませんでした。

病気を経験するなど、自分の身体的な弱さを強く意識する幼少期を過ごしたとされています。

しかし、ここで興味深いのが、その後のアドラーの思想です。

アドラー心理学では、

「自分に足りないものがある」という感覚そのものが、必ずしも悪いわけではない

と考えます。

自分の弱さや不足を感じるからこそ、

「もっとできるようになりたい」

「今より成長したい」

という方向へ向かうこともできる。

後にアドラーが重視することになる劣等感と成長というテーマを考えると、彼自身の幼少期は非常に興味深いものです。


1895年|医師としての道を歩み始める

アドラーはウィーン大学で医学を学び、1895年に医学の学位を取得しました。

最初は眼科医として働き、その後は一般医として診療を行うようになります。

彼が診療所を構えた地域には、労働者やサーカスに関わる人々など、さまざまな背景を持つ人たちが暮らしていました。

アドラーは人間の問題を、単に「身体の中」だけにあるものとして見るのではなく、その人が置かれている生活環境や社会との関係まで含めて考えるようになっていきます。

後のアドラー心理学に見られる、

「人間をひとつの全体として見る」

という考え方にもつながっていきました。


1902年ごろ|フロイトの研究グループに参加

20世紀初頭、アドラーの人生に大きな転機が訪れます。

精神分析の創始者として知られるジークムント・フロイトを中心とした研究グループに参加するようになったのです。

当時のウィーンでは、フロイトを中心に医師や知識人たちが集まり、人間の心について議論していました。

アドラーもその重要なメンバーの一人となり、後にはウィーン精神分析協会の会長も務めました。

しかし、

アドラー=フロイトの弟子

と単純に考えてしまうと、少し違います。

アドラー自身は、やがてフロイトとは異なる人間観を明確にしていくことになります。


1911年|フロイトとの決別

アドラーとフロイトの考え方の違いは、次第に大きくなっていきました。

フロイトは、人間の行動を理解するうえで、無意識や幼少期の経験、本能的な欲求などを重視しました。

一方のアドラーは、

人間を過去の原因だけで説明することには限界がある

と考えるようになります。

「なぜこうなったのか」

だけではなく、

「その人は、何を目指してこの行動をしているのか」

を見る必要があるのではないか。

この違いは、やがて決定的なものとなります。

1911年、アドラーはフロイトのグループと袂を分かちました。

そして翌年の1912年には、自らの心理学を発展させる組織を立ち上げていきます。

ここから、アドラー独自の心理学が本格的に歩み始めました。


なぜ「個人心理学」と呼ばれるの?

アドラーが創始した心理学の正式名称は、

Individual Psychology(個人心理学)

です。

「個人心理学」と聞くと、

「一人ひとりを細かく分析する心理学なのかな?」

と思うかもしれません。

しかし、アドラーが伝えたかったことはむしろ逆です。

人間を、

「理性」

「感情」

「身体」

「無意識」

などにバラバラに分解して考えるのではなく、

ひとつのまとまりを持った存在として理解する。

これがアドラーの人間観の大きな特徴です。

さらに、人間は一人で存在しているわけでもありません。

家族、友人、学校、職場、地域、社会。

さまざまな他者との関係のなかで生きています。

つまりアドラーは、

「一人の人間全体」と「その人を取り巻く社会」の両方を見ようとした

のです。


第一次世界大戦とアドラー

1914年、第一次世界大戦が始まります。

アドラーも軍医として戦争に関わりました。

戦争という、人間同士が激しく対立する現実を経験した後、アドラーは社会的関心や他者との協力をより重視するようになっていきます。

「どうすれば人間は他者と争うのではなく、協力して生きていけるのか」

これは、後のアドラー心理学を理解するうえで非常に重要な問いになります。

アドラー心理学は、

「自分だけが幸せになればいい」

という思想ではありません。

むしろ、

「自分らしく生きながら、他者とどう共に生きるのか」

という問題を考え続けた心理学なのです。


子どもたちの教育にも力を注いだアドラー

第一次世界大戦後、アドラーは心理療法だけでなく、教育や子育てにも積極的に関わるようになります。

1920年代にはウィーンで児童相談・教育相談の活動を展開し、教師や親とともに子どもの問題を考えました。

ここにも、アドラーらしい考え方があります。

問題を抱えている子どもだけを「治す」のではなく、

子どもを取り巻く家族・教師・学校・社会との関係まで考える。

これは現代から見ると自然に感じられるかもしれません。

しかし当時としては、非常に先進的な発想でした。

アドラーは心理学を研究室や診察室だけに閉じ込めるのではなく、実際の家庭や学校、地域社会の中で役立つものにしようとしたのです。


アドラーの思想|何を大切にしていたのか?

アドラーの生涯を見てきました。

では、彼は人間について何を考えていたのでしょうか。

ここでは、アドラーの思想を理解するために重要なポイントを簡単に紹介します。


1.人間を「全体」として見る

アドラーは、人間をいくつもの部分に分解して考えるのではなく、ひとつの統一された存在として捉えました。

たとえば、

「頭ではやりたいと思っているけれど、心が邪魔をしている」

というように、人間の内部を完全に別々の存在として考えるのではありません。

その人の思考も感情も行動も、

ひとつの方向へ向かう、その人全体の働き

として理解しようとします。

この考え方は、アドラー心理学の基本となっています。


2.過去だけではなく「目的」に目を向ける

アドラーの思想で特に知られているのが、目的論的な人間理解です。

私たちはつい、

「昔失敗したから挑戦できない」

「親にこう育てられたから、自分はこういう性格になった」

と、現在の自分を過去から説明しようとします。

アドラーは過去の影響を単純に無視したわけではありません。

しかし、

「過去に何があったかだけで、現在の行動をすべて説明できるのだろうか?」

と考えました。

人間の行動を理解するには、

「何が原因だったのか」

だけではなく、

「今、その人は何を目指しているのか」

という視点も必要だと考えたのです。


3.劣等感は成長する力にもなる

アドラーの名前と特に深く結びついている言葉が、劣等感です。

劣等感というと、

「自分はダメだ」

「自分には価値がない」

という否定的な感情をイメージするかもしれません。

しかしアドラーは、劣等感そのものを単純に悪いものとは考えませんでした。

「今の自分には、まだできない」

という感覚があるからこそ、

「もっとできるようになりたい」

という成長への動きが生まれることもあります。

重要なのは、

「劣等感を持っているかどうか」

ではなく、

その劣等感とどう向き合うか。

ここにアドラーらしい人間観があります。


4.人間は「他者との関係」のなかで生きている

アドラー心理学というと、

「他人のことは気にしなくていい」

という思想だと思われることがあります。

しかし、実際のアドラーは人と人とのつながりを非常に重視した思想家でした。

家族。

友人。

学校。

仕事。

社会。

私たちは誰とも関わらずに生きることはできません。

だからこそアドラーは、

「自分は、この世界の一員である」

という感覚を重要視しました。

この考え方は、アドラー心理学における共同体感覚へとつながっていきます。


5.「勇気」を大切にした

アドラー心理学を理解するうえで、もうひとつ忘れてはいけない言葉があります。

それが「勇気」です。

ここでいう勇気とは、恐怖を感じないことではありません。

失敗するかもしれない。

人から認めてもらえないかもしれない。

思いどおりにならないかもしれない。

それでも、

自分の人生の課題に向き合おうとすること。

アドラー心理学では、そうした姿勢を支えることを「勇気づけ」と呼びます。

人を罰したり、無理やり動かしたりするのではなく、

「自分には取り組む力がある」

と思えるように支えていく。

アドラーの思想が教育や子育てにも広がっていった理由のひとつが、ここにあります。


アドラーとフロイトは何が違った?

アドラーを知るうえで、フロイトとの違いはよく取り上げられます。

非常に簡単に整理すると、

フロイトが「人はなぜこうなったのか」を重視したのに対して、アドラーは「人はどこへ向かっているのか」にも注目した

と考えるとわかりやすいでしょう。

また、アドラーは人間を理解するうえで、社会や他者との関係も強く重視しました。

ただし、

「フロイト=過去」

「アドラー=未来」

と完全に二分できるほど単純ではありません。

二人には多くの理論的な違いがあり、それぞれが人間について独自の問いを投げかけています。

大切なのは、

どちらが正しいかを決めることではなく、人間を見る視点がこれほど違うことそのものを知ること。

思想を学ぶ面白さは、そこにもあります。


1930年代|ヨーロッパを離れ、アメリカへ

1930年代になると、ヨーロッパの政治情勢は急速に不安定になっていきます。

ナチズムが台頭するなか、ユダヤ系の家系に生まれたアドラーを取り巻く環境も変化していきました。

アドラーは活動の中心をアメリカへ移し、大学で教えながら、講演や執筆を続けます。

彼の思想はヨーロッパだけでなく、アメリカにも広がっていきました。

心理療法だけではなく、教育、子育て、家族関係など、日常生活に近い領域へと影響を広げていきます。


1937年|講演旅行中に亡くなる

1937年、アドラーはヨーロッパで講演活動を行っていました。

そして同年5月、スコットランドのアバディーンで講演旅行中に倒れ、67歳で亡くなりました。

しかし、アドラーの死後も彼の思想が消えることはありませんでした。

弟子や後継者たちによってアドラー心理学は受け継がれ、教育、カウンセリング、心理療法、子育てなど、さまざまな領域へ広がっていきます。

そして100年近くが経った現在でも、

「人はどうすれば、自分らしく、他者とともに生きられるのか」

というアドラーの問いは、多くの人に考え続けられています。


なぜ今、アルフレッド・アドラーを学ぶのか?

アドラーが生きていた時代と、私たちが生きている現代では、社会の姿は大きく異なります。

スマートフォンもSNSもありませんでした。

それでも、アドラーが向き合った悩みを見てみると、不思議なほど現代と重なります。

他人と自分を比べてしまう。

自分に自信が持てない。

人間関係に悩む。

失敗することが怖い。

自分の居場所がわからない。

「自分らしく生きたい」と思いながら、周囲からの評価も気になってしまう。

技術がどれほど進歩しても、人間が「他者とともに生きる存在」であることは変わっていないのかもしれません。

だからこそ、100年以上前に生まれたアドラーの問いは、今を生きる私たちにも届きます。


アドラーの人生から見えてくること

アドラーの人生を振り返ると、彼の思想が単なる理論ではなかったことが見えてきます。

幼少期には、自分自身の弱さを経験しました。

医師として、人々の生活と社会環境を見つめました。

フロイトたちと議論しながら、自分とは異なる考え方に向き合いました。

そして戦争を経験し、人間同士の協力について考え続けました。

そこから生まれたのが、

「人間は変わることができるのか」

「人は他者とどう生きればよいのか」

という問いです。

哲学者や思想家の言葉を学ぶとき、その言葉だけを切り取ると、単なる「名言」に見えてしまうことがあります。

しかし、その人がどんな時代を生き、何を経験し、何を問い続けたのかを知ると、言葉の見え方は変わります。

アドラーも同じです。


まとめ|アドラーが問い続けた「どう生きるか」

アルフレッド・アドラーは、1870年にオーストリアで生まれ、医師・精神科医として活動しながら、後に個人心理学(アドラー心理学)と呼ばれる独自の心理学を築きました。

劣等感。

目的。

勇気。

他者との協力。

共同体感覚。

アドラーが扱ったテーマは、どれも現代の私たちの日常と深くつながっています。

しかし、アドラーの思想を単なる「人生を楽にするテクニック」として見るだけでは、その面白さの半分しか見えてこないかもしれません。

その根底にあるのは、

「人間とはどのような存在なのか」

そして、

「私たちは、他者とともにどう生きるべきなのか」

という、哲学にもつながる大きな問いです。

アドラーの答えを、そのまま自分の答えにする必要はありません。

大切なのは、彼が残した問いをきっかけに、自分自身でも考えてみること。

今日、人と比べて落ち込んだとき。

過去の失敗を思い出したとき。

人間関係に疲れたとき。

少しだけ立ち止まって、

「私はこれから、どう生きたいだろう?」

と考えてみる。

100年以上前にアドラーが考えたことは、そんな私たちの日常の中で、今も生き続けています。

哲学を学ぶことを、もっと日常に。

アドラーの生涯を知ったら、次は彼が残した「アドラー心理学」の考え方を、もう少し深く覗いてみてはいかがでしょうか。

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