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アドラー心理学の「共同体感覚」とは?
「自分の居場所がない気がする」
「人と比べてばかりで疲れる」
「誰かとつながっているのに、なぜか孤独を感じる」
そんな感覚を持ったことはないでしょうか。
アドラー心理学では、人間を一人きりで完結する存在とは考えません。
家族。
友人。
学校。
職場。
地域。
社会。
私たちはいつも、誰かとの関係のなかで生きています。
そして、その関係のなかで、
「自分はここにいていい」
「誰かとつながっている」
「自分も誰かの役に立てる」
と感じられること。
これが、アドラー心理学で重要とされる**「共同体感覚」**を理解する大きな手がかりです。
共同体感覚は、単に「みんなと仲良くする」という意味ではありません。
もっと深く、
「自分はこの世界の一員である」
と感じながら生きることに関わる考え方です。
この記事では、共同体感覚とは何なのか、具体例を交えながら初心者にもわかりやすく解説します。
共同体感覚とは?
共同体感覚とは、アドラー心理学における重要な概念のひとつです。
英語では一般にCommunity Feeling、ドイツ語ではGemeinschaftsgefühlと表現されます。
簡単に言えば、
「自分は他者とつながり、共同体の一員として生きている」という感覚
です。
ただし、
「集団に合わせること」
「みんなと同じになること」
「自分を犠牲にして周囲に尽くすこと」
ではありません。
むしろ、
自分自身を尊重しながら、他者も同じように尊重すること
が大切になります。
共同体とは「会社」や「地域」だけではない
「共同体」と聞くと、
会社。
学校。
地域社会。
国家。
のような大きな集団をイメージするかもしれません。
しかし、アドラー心理学における共同体はもっと広い概念です。
家族も共同体です。
友人関係も共同体です。
職場のチームも共同体です。
さらに広く見れば、
人類全体や社会そのもの
まで視野に入ってきます。
つまり共同体感覚とは、
「特定のグループに所属している」
という話だけではありません。
自分が他者や世界と切り離された存在ではないと感じること
なのです。
共同体感覚を理解する3つの要素
共同体感覚は、初心者向けには大きく3つの要素から考えるとわかりやすいです。
1.所属感|「ここにいていい」と感じる
まず大切なのが、
所属感
です。
「自分には居場所がある」
「この場所にいてもいい」
と感じることです。
たとえば職場で、
「自分なんて必要とされていない」
と思っていると、周囲との関係も苦しくなります。
一方で、
「自分もこのチームの一員だ」
と感じられれば、関わり方も変わってきます。
所属感とは、
誰かから特別に褒められることではありません。
自分自身が、ここに属していると感じられること
です。
2.信頼|「他者は敵ではない」と考える
共同体感覚には、
他者を信頼すること
も深く関わっています。
もちろん、
「すべての人を無条件で信じる」
という意味ではありません。
大切なのは、
他人を最初から競争相手や敵として見るだけではない
ということです。
他人が成功したとき、
「自分が負けた」
と感じるのか。
それとも、
「その人にはその人の道がある」
と考えるのか。
この違いは、人間関係に大きく影響します。
3.貢献感|「自分も誰かの役に立てる」と感じる
もうひとつ重要なのが、
貢献感
です。
これは、
「大きなことをしなければならない」
という意味ではありません。
仕事で誰かを助ける。
家族のために料理をする。
友人の話を聞く。
困っている人に席を譲る。
そんな小さな行動でも構いません。
「自分も誰かの役に立てる」
と感じること。
これが、共同体感覚を育てるうえでとても大切です。
共同体感覚と「承認欲求」はどう違う?
ここで、以前の「承認欲求」とつながってきます。
承認欲求では、
「誰かから認めてもらいたい」
という方向に意識が向きます。
一方で共同体感覚では、
「自分は誰かの役に立てる」
という方向に意識が向きます。
たとえば仕事で、
「上司に褒められたい」
と思って働くのと、
「この仕事でチームに貢献したい」
と思って働くのでは、同じ行動でも意味が違います。
前者は、
評価を受け取ること
が中心です。
後者は、
自分が何を与えられるか
が中心になります。
アドラー心理学では、この「承認」から「貢献」への転換が重要になります。

共同体感覚と「課題の分離」は矛盾しない
一見すると、
「課題の分離」
と、
「共同体感覚」
は反対のように見えるかもしれません。
課題の分離は、
「自分と他人を分ける」
共同体感覚は、
「人とつながる」
考え方だからです。
しかし、実際には矛盾しません。
むしろ、
課題を分けるからこそ、対等に協力できる
と考えます。
相手の人生を勝手に支配しない。
相手が選ぶことを尊重する。
自分の責任は自分で引き受ける。
そのうえで、
「一緒にできることは何だろう?」
と考える。
これが、アドラー心理学における協力の考え方です。
具体例1|職場で他人と比べてしまう
職場で、
「あの人のほうが評価されている」
「あの人のほうが仕事ができる」
と感じることがあります。
すると、
他人の成功がそのまま自分の敗北に見えてしまうかもしれません。
共同体感覚の視点では、
相手を競争相手として見るだけでなく、
同じチームの一員として見る
ことを考えます。
「どうすれば自分が勝てるか」
ではなく、
「このチームに、自分は何を提供できるか」
と考える。
すると、
他人との比較から、
自分自身の役割へ意識を戻しやすくなります。
具体例2|家族の中で「自分だけが頑張っている」と感じる
家庭では、
「自分ばかり家事をしている」
「誰も感謝してくれない」
と感じることがあります。
こうした不満を我慢する必要はありません。
話し合うことも大切です。
そのうえで共同体感覚を考えるなら、
「この家族のなかで、私たちはどう協力できるだろう?」
という問いを持ちます。
誰か一人が犠牲になるのではなく、
それぞれが自分にできることをする。
ここにも共同体感覚があります。
具体例3|SNSを見ると孤独になる
SNSでは多くの人とつながれます。
しかし同時に、
「自分より楽しそう」
「自分より成功している」
「自分だけ取り残されている」
と感じることもあります。
共同体感覚の視点から見ると、
他人の人生を競争相手として見るのではなく、
「自分も同じ社会の一員として生きている」
と考えます。
フォロワー数。
いいね数。
再生回数。
それらだけで、自分の居場所や価値が決まるわけではありません。
大切なのは、
自分がどんな関係を築きたいか
です。
具体例4|友人の成功を素直に喜べない
友人が昇進した。
結婚した。
夢を叶えた。
そんな話を聞いたとき、
「おめでとう」
と思いながら、
心のどこかで、
「自分は何をしているんだろう」
と落ち込むことがあります。
それは珍しいことではありません。
しかし、
人生を競争としてだけ見ていると、
他人の成功=自分の敗北
になってしまいます。
共同体感覚では、
他者と自分を同じ一本の順位表に並べる必要はありません。
その人にはその人の人生がある。
自分には自分の人生がある。
そして、
お互いに違う形で社会に関わっている
と考えます。
具体例5|「自分には価値がない」と感じる
共同体感覚について考えるとき、とても重要なのが、
「役に立っていると感じること」
です。
ただし、
「誰かの役に立たなければ存在価値がない」
という意味ではありません。
ここを混同すると、逆に苦しくなります。
貢献感とは、
他人から評価されるために自分を犠牲にすることではありません。
むしろ、
「自分にもできることがある」
と感じることです。
誰かの話を聞いた。
挨拶をした。
家族のためにご飯を作った。
仕事をひとつ終わらせた。
そのくらいの小さなことでも構いません。
共同体感覚は「自己犠牲」ではない
共同体感覚について、
「人のために尽くさなければいけない」
と理解するのは誤りです。
もし、
「自分を犠牲にしてでも他人のために尽くす」
ということになれば、
それは対等な関係ではありません。
アドラー心理学では、
自分も共同体の一員
です。
つまり、
他人を大切にするのと同じように、
自分自身も大切にする必要があります。
自分を完全に消して他人に合わせるのではなく、
自分と他人の両方を尊重する。
これが共同体感覚を理解するうえで重要です。
共同体感覚は「みんなと仲良くすること」でもない
もうひとつよくある誤解があります。
共同体感覚とは、
「すべての人と仲良くすること」
ではありません。
世の中には、
どうしても相性が合わない人もいます。
距離を置いたほうがいい関係もあります。
意見が対立することもあります。
それでも、
相手を自分とは違う一人の人間として尊重する。
そして、
必要以上に相手を支配しようとしない。
共同体感覚は、
人間関係の近さではなく、他者をどう見るか
にも関わっています。
共同体感覚と「横の関係」
アドラー心理学では、人間関係を考えるとき、
「横の関係」
という表現が使われることがあります。
これは、
「自分が上、相手が下」
「相手が上、自分が下」
という上下関係だけで人を見るのではなく、
一人の人間同士として対等に関わる
という考え方です。
もちろん、
会社には役職があります。
学校には先生と生徒という役割があります。
親と子どもにも立場の違いがあります。
しかし、
役割が違っても、
人間としての価値まで上下になるわけではない
と考えます。
この対等さも、共同体感覚につながっています。
共同体感覚と「勇気づけ」
共同体感覚を育てるうえで重要なのが、
勇気づけ
です。
勇気づけとは、
相手を単に褒めて動かすことではありません。
その人が、
「自分にもできる」
「自分も誰かの役に立てる」
と感じられるように関わることです。
たとえば、
「すごいね。100点だから偉い」
ではなく、
「最後まで取り組んだんだね」
「手伝ってくれて助かったよ」
と伝える。
すると、
他人から評価されるためだけではなく、
自分自身の力や貢献に気づきやすくなります。

共同体感覚はどうすれば身につく?
共同体感覚は、
「今日から持とう」
と思ってすぐに手に入るものではありません。
日常の小さな行動から育てていくものです。
たとえば、
「今日は誰と競争したか」ではなく「誰と協力できたか」を考える。
「誰から評価されたか」ではなく「自分に何ができたか」を考える。
「自分だけが損をしている」ではなく「話し合えることはないか」を考える。
こうした小さな問いが、共同体感覚につながっていきます。
共同体感覚を育てる5つの問い
日常生活で共同体感覚を意識したいときは、自分に次の問いを投げかけてみるとよいでしょう。
1.私は今、相手を「敵」として見ていないだろうか?
意見が違うだけなのに、
「勝つか負けるか」
になっていないか考えてみます。
2.私は「評価されること」ばかりを求めていないだろうか?
「認めてもらえるか」
ではなく、
「自分には何ができるか」
へ視点を移します。
3.この場所で、自分にできる小さなことは何だろう?
大きな貢献でなくて構いません。
挨拶する。
手伝う。
話を聞く。
そんな小さなことでも十分です。
4.相手を変えようとしすぎていないだろうか?
相手には相手の課題があります。
相手を支配するのではなく、
必要なら話し合い、
協力できることを探します。
5.自分自身も共同体の一員として大切にできているだろうか?
他人を大切にするあまり、
自分を完全に犠牲にしていないか考えます。
自分もまた、一人の大切なメンバー
です。
なぜ共同体感覚はアドラー心理学の中心なのか?
アドラー心理学には、
目的論。
劣等感。
課題の分離。
承認欲求。
勇気づけ。
など、さまざまな考え方があります。
しかし、それらの先には、
「人は他者とどう生きるのか」
という問題があります。
劣等感を克服しても、
誰かより優れることだけを目指していたらどうでしょうか。
課題を分離しても、
「他人なんてどうでもいい」
で終わったらどうでしょうか。
承認欲求から自由になっても、
誰とも関わらず生きようとしたらどうでしょうか。
アドラー心理学は、
単に、
「自分らしく生きよう」
で終わる思想ではありません。
その先に、
「自分らしくありながら、他者とどうともに生きるか」
という問いがあります。
その答えにつながるのが、共同体感覚です。

「自分らしさ」と「共同体」は矛盾しない
現代では、
「自分らしく生きること」
がよく大切だと言われます。
一方で、
共同体感覚と聞くと、
「周囲に合わせなければならない」
ように感じる人もいるかもしれません。
しかし、この二つは必ずしも矛盾しません。
自分らしく生きる。
そのうえで、
他者にも他者らしく生きる自由があると認める。
そして、
お互いに違うまま、協力できるところでは協力する。
これがアドラー心理学の共同体感覚を理解するうえで、とても大切です。
SNS時代に共同体感覚が重要な理由
アドラーが生きた時代にはSNSはありませんでした。
しかし今は、
フォロワー数。
いいね。
再生回数。
評価。
ランキング。
など、
人との比較がとても簡単にできる時代です。
つながるためのサービスなのに、
他人と比べて孤独になることもあります。
だからこそ、
「誰より上か」
ではなく、
「自分はどんな関係を築きたいか」
という共同体感覚の視点は、現代だからこそ意味を持ちます。
共同体感覚は「幸福」の問題でもある
もう少し深く考えてみましょう。
共同体感覚について考えていくと、
最終的には、
「幸福とは何か」
という哲学的な問いにつながります。
お金。
地位。
名声。
評価。
それらを得ることも、人生の大切な要素かもしれません。
しかし、
誰とも信頼関係を築けず、
どこにも居場所を感じられず、
常に誰かと競争しているとしたら、
それだけで幸福と言えるでしょうか。
アドラー心理学は、
幸福を個人だけの問題としてではなく、
他者とのつながりのなかで考えます。
自分がここにいていい。
他者を信頼できる。
自分にもできることがある。
そう感じながら生きること。
そこに、共同体感覚の大きな意味があります。
まとめ|共同体感覚とは「自分も世界の一員だ」と感じること
アドラー心理学における共同体感覚とは、
簡単に言えば、
「自分は他者とつながり、この世界の一員として生きている」
という感覚です。
そこには、
所属感
「自分はここにいていい」
信頼
「他者は必ずしも敵ではない」
貢献感
「自分にも誰かの役に立てることがある」
という要素があります。
ただし、
共同体感覚は、
自分を犠牲にすることではありません。
みんなと仲良くすることでもありません。
周囲に合わせ続けることでもありません。
自分を尊重する。
他者も尊重する。
お互いの違いを認める。
そのうえで、
「私たちはどう協力できるだろう?」
と考えることです。
人と比べて苦しくなったとき。
居場所がないと感じたとき。
誰かから評価されないと不安になったとき。
一度、
「自分には何が足りないのだろう」
だけではなく、
「自分は、誰とどのようにつながりたいのだろう?」
と考えてみてください。
そして、
「この場所で、自分にできる小さなことは何だろう?」
と問いかけてみる。
共同体感覚とは、
誰かから居場所を与えてもらうことだけではありません。
自分自身もまた、
他者と関わりながら、
少しずつ居場所をつくっていくことなのかもしれません。
哲学を学ぶことを、もっと日常に。
「自分らしく生きること」と、
「誰かとともに生きること」。
その二つを同時に考えるところに、
アドラー心理学の共同体感覚のおもしろさがあります。