アドラー心理学とフロイト・ユングの違いとは?3人の考え方をわかりやすく比較

アドラー心理学とフロイト・ユングの違い

心理学について調べていると、よく一緒に名前が挙がる3人がいます。

ジークムント・フロイト。

カール・グスタフ・ユング。

そして、

アルフレッド・アドラー。

3人とも人間の心について考えた人物ですが、その考え方は同じではありません。

むしろ、

「人間はなぜ悩むのか」

「人の行動を動かしているものは何なのか」

「人はどう生きればいいのか」

という問いに対して、それぞれ異なる答えを提示しました。

非常に簡単に言えば、

フロイトは「過去と無意識」

ユングは「無意識と自己の統合」

アドラーは「目的と他者との関係」

に強く注目した心理学者だと捉えると、最初は理解しやすいでしょう。

この記事では、アドラー心理学とフロイト、ユングの違いを、心理学を初めて学ぶ人にもわかりやすく比較していきます。

単に「誰が正しいか」を決めるのではなく、

3人が人間をどのように見ていたのか

という違いを楽しみながら見ていきましょう。


まずは3人を簡単に紹介

違いを比較する前に、3人がどのような人物だったのか簡単に整理しておきましょう。

ジークムント・フロイトとは?

ジークムント・フロイト(Sigmund Freud/1856–1939)は、オーストリアの神経科医であり、精神分析を創始した人物です。

フロイトは、

人間の行動には、自分でも気づいていない「無意識」が大きく影響している

と考えました。

幼少期の経験。

抑圧された欲求。

無意識の葛藤。

夢。

こうしたものを通して、人間の心を理解しようとしました。

現代心理学とは異なる部分も多くありますが、

「人間には、自分自身でも理解していない心の領域がある」

という考えを広く知らしめた人物として、心理学史上きわめて大きな存在です。


カール・グスタフ・ユングとは?

カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung/1875–1961)は、スイスの精神科医です。

もともとはフロイトと親しい関係にありましたが、やがて理論上の違いから離れていきました。

ユングは独自の分析心理学を築き、

「集合的無意識」

「元型」

「ペルソナ」

「影」

「自己」

などの概念を提唱しました。

フロイトよりも、神話、宗教、夢、象徴などに強い関心を持ったことも特徴です。

ユングの心理学は、

「人間が自分自身のさまざまな側面を統合し、本来の自己へ近づいていく」

というテーマを持っています。


アルフレッド・アドラーとは?

アルフレッド・アドラー(Alfred Adler/1870–1937)は、オーストリアの医師・精神科医です。

フロイトの研究グループに参加していましたが、やがて考え方の違いから離れ、個人心理学(アドラー心理学)を築きました。

アドラーは、

劣等感。

目的。

他者との関係。

共同体。

勇気。

といったテーマを重視しました。

人間を過去だけから理解するのではなく、

「その人は今、何を目指しているのか」

という未来方向の視点を重視した点が特徴です。


アドラー・フロイト・ユングの違いを簡単に比較

まず、3人の違いを大まかに整理すると次のようになります。

フロイト ユング アドラー
心理学 精神分析 分析心理学 個人心理学
注目したもの 無意識・欲求・幼少期 無意識・象徴・自己 目的・劣等感・対人関係
人間を動かすもの 無意識的欲求や葛藤 意識と無意識の統合への動き 目標や目的
過去の捉え方 過去を重視 過去と現在・未来を幅広く見る 過去だけでは決まらない
無意識 非常に重視 非常に重視 相対的に重視しない
他者・社会 個人内部の葛藤を重視 個人と普遍的な心の構造 他者・社会との関係を重視
代表的概念 無意識、抑圧、エスなど 元型、集合的無意識、影 劣等感、目的論、共同体感覚

もちろん、実際の理論はもっと複雑です。

ただ、

「3人は人間の心のどこに注目したのか」

を見ると違いが理解しやすくなります。


違い1|「人はなぜ行動するのか」

3人を比較するとき、最も重要なのが、

「人間の行動を何が動かしていると考えたのか」

という違いです。

フロイト|無意識や欲求が人を動かす

フロイトは、私たちの行動には、自分自身でも気づいていない無意識の欲求や葛藤が影響していると考えました。

たとえば、

「なぜか特定の人に強く怒ってしまう」

という場合。

本人が自覚している理由だけではなく、

過去の経験。

抑圧された感情。

無意識の葛藤。

などが影響している可能性を考えます。

つまりフロイトは、

現在の行動の背後にある原因

を探ろうとしました。


アドラー|人は「目的」に向かって行動する

一方、アドラーは、

「何が原因でこうなったのか」

だけではなく、

「今、この行動によって何を実現しようとしているのか」

という目的を重視しました。

たとえば、

「人前で話せない」

という人がいたとします。

原因を重視すれば、

「昔、人前で失敗したから」

と考えるかもしれません。

アドラー的に見ると、

「失敗して傷つくことを避けるために、人前で話さない」

という目的がある可能性にも目を向けます。

ここが、フロイトとアドラーを比較するときによく取り上げられる違いです。


違い2|「過去」をどう見るか

フロイト|幼少期の経験を重視

フロイトは、人間の人格形成や心の問題を考えるうえで、幼少期の経験を非常に重視しました。

子どものころに経験した出来事や、抑圧された欲求が、成長後の心理に影響していると考えます。

そのため、

「現在を理解するために、過去へ戻っていく」

という方向性が強くあります。


アドラー|過去だけで未来は決まらない

アドラーも、過去の出来事が存在しないとは考えていません。

しかし、

同じ経験をした人が、全員同じ人生を歩むわけではない

ことに注目しました。

重要なのは出来事そのものだけではなく、

「その経験にどのような意味を与えているのか」

だと考えます。

そのためアドラー心理学では、

「過去に何があったか」

と同時に、

「これからどう生きたいのか」

という問いが重要になります。


違い3|「無意識」をどう考えるか

フロイトとユングを理解するうえで、無意識は非常に重要なキーワードです。

しかし、両者が考えた無意識は同じではありません。

フロイト|個人的な無意識

フロイトは、意識から押し込められた欲求や記憶、葛藤などが無意識に存在すると考えました。

つまり、

自分自身の経験から形成された無意識

を中心に考えます。


ユング|「集合的無意識」という考え方

ユングは、個人の経験だけでは説明できない、より深い無意識があると考えました。

それが、

集合的無意識

です。

ユングは、神話や昔話、宗教、夢などに、文化を超えて似たパターンが現れることに注目しました。

そして人間には、生まれながらに共有されている心の構造があるのではないかと考えます。

そこに存在する基本的なイメージを、

元型(アーキタイプ)

と呼びました。


アドラー|無意識よりも「人間全体」を見る

アドラーは、意識と無意識を完全に対立するものとして捉えることを重視しませんでした。

人間を、

意識。

無意識。

身体。

感情。

などにバラバラに分けるよりも、

ひとつの統一された存在として見る

ことを重視します。

ここでも、アドラーの全体論という特徴が表れています。


違い4|劣等感をどう捉えたか

劣等感といえば、アドラーを代表するテーマです。

アドラーは、人間が自分に「足りなさ」を感じること自体を、必ずしも悪いものとは考えませんでした。

たとえば、

「もっと仕事ができるようになりたい」

「もっと人とうまく話せるようになりたい」

と思うのも、

現在の自分と理想の自分との間に差があるからです。

その差は、

成長しようとする力

にもなります。

アドラーにとって問題なのは、劣等感そのものというより、

劣等感を理由に人生から逃げてしまうこと。

あるいは、

他人より優れていることによって自分の価値を証明しようとすることでした。

つまり、

「他人に勝つこと」ではなく「自分がどう成長するか」

へ視線を向けることが大切になります。


違い5|人間関係をどう見るか

アドラーとフロイト・ユングの違いを理解するうえで、もうひとつ重要なのが他者との関係です。

アドラーは人間を、社会から切り離された存在とは考えませんでした。

家族。

友人。

恋愛。

学校。

仕事。

地域。

人間は常に誰かとの関係のなかで生きています。

そのためアドラー心理学では、

人間の悩みを対人関係とのつながりから考える

傾向があります。

ここから、

「共同体感覚」

「勇気づけ」

といった考え方につながっていきます。

アドラー心理学が現代の人間関係や子育て、教育について語られることが多いのも、この特徴と関係しています。


ユングとアドラーは何が違う?

フロイトとアドラーの違いはよく語られますが、

「では、ユングとアドラーは何が違うの?」

という疑問もあるでしょう。

非常に簡単に言えば、

ユングは「自分の内面を深く探る方向」

アドラーは

「今の生き方や他者との関係を見る方向」

が強いと言えます。

ユングは夢や象徴、神話、無意識を通して、自分自身の内側にあるさまざまな側面を見つめます。

そして、それらを統合しながら、より全体的な自己へ向かう個性化というプロセスを重視しました。

一方でアドラーは、

今、自分は何を目指しているのか。

他人とどのような関係を築いているのか。

共同体のなかでどう生きるのか。

という、より社会的・実践的な問題に目を向けます。

どちらも「自分らしく生きる」というテーマに近づく部分はありますが、そこへ向かう道筋が違うのです。


フロイト・ユング・アドラーを日常の悩みに当てはめると?

少し身近な例で考えてみましょう。

たとえば、

「人から嫌われるのが怖くて、自分の意見を言えない」

という悩みがあったとします。

フロイト的な視点なら、

「その恐怖の背景には、過去のどのような経験や無意識の葛藤があるのだろう?」

と考えるかもしれません。

ユング的な視点なら、

「人に見せている自分と、本当は隠している自分の間にどんな違いがあるのだろう?」

と考えるかもしれません。

アドラー的な視点なら、

「自分の意見を言わないことで、何を避けようとしているのだろう?」

そして、

「相手にどう思われるかと、自分がどう行動するかを分けて考えられないだろうか?」

という方向へ進むでしょう。

同じ悩みでも、問いの立て方が違います。

この違いこそ、心理学や哲学を比較する面白さです。


結局、フロイト・ユング・アドラーの誰が正しいの?

3人を比較すると、

「では、結局誰の考え方が正しいの?」

と思うかもしれません。

しかし、思想を学ぶときには、

必ずしも一人だけを選ぶ必要はありません。

人間は非常に複雑な存在です。

過去が影響することもあります。

自分でも気づいていない感情に動かされることもあります。

人生に意味を求めることもあります。

他人との関係に悩むこともあります。

だからこそ、

フロイトの視点。

ユングの視点。

アドラーの視点。

それぞれを知っておくことで、

同じ自分を、違う角度から見ることができます。

哲学や心理学を学ぶ面白さは、

「正解をひとつ覚えること」

ではなく、

自分の世界を見るための視点を増やすこと

なのかもしれません。


あなたはどの考え方に近い?

最後に少しだけ、自分自身について考えてみましょう。

悩んだとき、

「どうして自分はこうなったのだろう」

と過去を振り返ることが多いなら、フロイトの考え方に興味を持つかもしれません。

夢や象徴、自分の知らない内面に惹かれるなら、ユングの思想がおもしろく感じるかもしれません。

そして、

「では、自分はこれからどうしたいのか」

と考えることに魅力を感じるなら、アドラー心理学と相性がいいかもしれません。

もちろん、人間はそんなに簡単には分類できません。

だからこそ、

「自分はどの考え方に惹かれるのだろう?」

と考えてみること自体が、哲学する第一歩になります。


まとめ|3人の違いは「人間をどこから見るか」

フロイト、ユング、アドラー。

3人はいずれも、人間の心を理解しようとした心理学者です。

しかし、その視点は大きく異なりました。

フロイト
人間の行動を、過去・無意識・欲求や葛藤から理解しようとした。

ユング
個人的な無意識だけでなく集合的無意識にも注目し、自己のさまざまな側面を統合していくことを考えた。

アドラー
人間を目的に向かう存在として捉え、劣等感や他者との関係、共同体のなかでどう生きるかを重視した。

つまり3人の違いは、

「人間をどこから見るのか」

の違いとも言えます。

過去を見る。

心の奥を見る。

これから向かう先を見る。

どれかひとつだけでは、人間のすべてを理解することはできないのかもしれません。

だからこそ、異なる思想を並べてみることには意味があります。

誰かの答えをそのまま信じるのではなく、

「自分ならどう考えるだろう?」

と問い直してみる。

それが、哲学や心理学を学ぶ面白さです。

哲学を学ぶことを、もっと日常に。

次に悩んだときは、その悩みをフロイト、ユング、アドラーの3人ならどう見るのか、少し想像してみてください。

いつもとは違った、自分自身の姿が見えてくるかもしれません。

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