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「自分に自信がない」とき、アドラー心理学はどう考える?
「もっと自信があれば、挑戦できるのに」
「自分には何の取り柄もない気がする」
「周りの人を見ると、自分だけ劣っているように感じる」
そんなふうに思ったことはないでしょうか。
仕事。
恋愛。
人間関係。
勉強。
容姿。
SNS。
私たちはさまざまな場面で、
「自分には自信がない」
と感じます。
すると、
「もっと自分を好きにならなければ」
「もっと自信をつけなければ」
と思うかもしれません。
でも、
自信を持とうとして、
本当に自信を持てるでしょうか。
「自分ならできる」
と何度言い聞かせても、
心のどこかでは、
「でも、失敗したらどうしよう」
と思ってしまうことがあります。
アドラー心理学から考えるとき、大切なのは、
「自信があるか、ないか」だけではありません。
むしろ、
「自信がなくても、自分の人生の課題に取り組めるか」
という視点が重要になります。
この記事では、
「自分に自信がない」と感じるとき、アドラー心理学ではどう考えるのか。
劣等感。
自己受容。
勇気。
他人との比較。
承認欲求。
などの考え方から、初心者にもわかりやすく見ていきます。
そもそも「自信」とは何だろう?
私たちは、
「自信がある人」
という言葉をよく使います。
堂々としている。
人前で話せる。
失敗を恐れない。
自分の意見を言える。
そんな人を見ると、
「自分もあんなふうに自信を持てたら」
と思うことがあります。
でも、
外から自信があるように見える人でも、
内心では不安を感じていることがあります。
逆に、
緊張しながらでも、
必要なことに取り組める人もいます。
つまり、
「自信があること」と「行動できること」は、必ずしも同じではありません。
ここが、
アドラー心理学から自信を考えるときの重要なポイントです。
アドラー心理学は「自信」より「勇気」を重視する
アドラー心理学で中心になる言葉のひとつが、
「勇気」
です。
ここでいう勇気とは、
「自分なら絶対成功できる」
と思うことではありません。
怖くないことでもありません。
アドラー心理学では、
自分の責任を引き受け、自分の課題に取り組み、他者と協力していこうとする姿勢
を勇気と呼びます。
つまり、
「絶対できる」
と思えなくてもいい。
「失敗するかもしれない」
と思っていてもいい。
それでも、
必要な一歩を踏み出す。
そこに勇気があります。
「自信がついたらやる」では、いつまでたっても始められない
たとえば、
「人前で話す自信がない」
という人がいるとします。
その人が、
「自信がついたら発表してみよう」
と思ったとします。
でも、
実際に人前で話さなければ、
経験は増えません。
経験が増えなければ、
自信もなかなかつきません。
すると、
自信がない。
↓
行動しない。
↓
経験が増えない。
↓
さらに自信がなくなる。
という循環が生まれます。
だから、
自信を行動の条件にしないこと
が大切になります。
「自信がなくてもやってみる」という考え方
アドラー心理学の勇気から考えるなら、
順番を少し変えます。
自信がつく。
↓
行動する。
ではなく、
自信はない。
↓
でも、小さく行動してみる。
↓
経験する。
↓
少しできることが増える。
という順番です。
自信は、
最初から持っていなければならないものではありません。
行動した結果として、
少しずつ生まれることもあります。
「自信がない」の奥には劣等感があることも
アドラー心理学といえば、
劣等感
がよく知られています。
劣等感とは、
単に、
「自分は他人より価値がない」
と思うことだけではありません。
理想と現実の差を感じ、
「今の自分はまだ十分ではない」
と感じることも含まれます。
たとえば、
もっと仕事ができるようになりたい。
もっと人とうまく話したい。
もっと魅力的になりたい。
こうした気持ちも、
今の自分と理想との間に差があるから生まれます。
劣等感そのものは悪くない
「自信がない=悪いこと」
と思うかもしれません。
でも、
劣等感そのものは人間にとって自然な感覚です。
「まだできない」
と感じるからこそ、
勉強する。
練習する。
経験する。
成長する。
こともできます。
現在のアドラー心理学でも、劣等感は人間にとって普遍的・自然な感情であり、その後どのような目標へ向かうかが重要だとされています。
問題は「自信がないから、できない」と決めてしまうこと
たとえば、
「自分には営業の自信がない」
と思っているとします。
そこから、
「だから練習しよう」
となるなら、
劣等感が成長につながります。
でも、
「自信がないから、営業なんて自分には無理」
と決める。
そして、
挑戦すること自体を避ける。
すると、
「自信がない」という感覚が、
行動しない理由
になります。
ここに、
劣等コンプレックスともつながる問題があります。

具体例1|仕事で自信がない
職場で、
同僚が自分より仕事が早い。
説明も上手。
上司からも評価されている。
すると、
「自分は仕事ができない」
と思うかもしれません。
でも、
よく見ると、
「仕事ができない」
はかなり大きな言葉です。
本当は、
資料作成はできる。
顧客対応もできる。
でも、
プレゼンが苦手。
というだけかもしれません。
まず、
「自分には自信がない」
という大きな評価を、
具体的な事実に分けてみます。
「自分はダメ」ではなく「ここがまだ苦手」
「自分は仕事ができない」
ではなく、
「人前で説明すると緊張しやすい」
「自分はコミュニケーション能力がない」
ではなく、
「初対面の人との会話は苦手」
「自分には才能がない」
ではなく、
「この分野はまだ経験が少ない」
と考える。
すると、
変えられる部分が見えてきます。
具体例2|恋愛で自信がない
「自分なんて誰からも好きになってもらえない」
と思うことがあります。
容姿。
性格。
経験。
収入。
いろいろな理由を挙げて、
「だから恋愛は無理」
と考える。
でも、
「自分は魅力がない」
というのは、
事実でしょうか。
それとも、
自分自身への評価
でしょうか。
そして、
「魅力がないから何もしない」
ことで、
傷つくことを避けている可能性もあります。
ここでは、
目的論の視点も役立ちます。
「自信がないことで、何を避けている?」
アドラー心理学の目的論では、
「なぜ自信がないの?」
だけではなく、
「自信がない状態でいることで、何を避けている?」
という問いも考えます。
失敗。
拒絶。
恥。
比較。
期待。
もしかすると、
「自信がないからできない」
と考えることで、
失敗する場面そのものを避けられているのかもしれません。
これは、
本人を責めるための考え方ではありません。
自分が今使っている方法を知るための視点
です。
具体例3|SNSを見ると自信をなくす
SNSでは、
他人の「うまくいっている部分」がよく見えます。
仕事。
旅行。
恋愛。
容姿。
暮らし。
フォロワー数。
すると、
「自分には何もない」
と感じることがあります。
でも、
SNSで見えているのは、
相手の人生全体ではありません。
それでも私たちは、
他人の一部分と、
自分の全部
を比べてしまいます。
他人との比較で自信を作ろうとすると終わりがない
「自信を持つために、人より上になろう」
と考えたらどうでしょう。
もっと稼ぐ。
もっと評価される。
もっと魅力的になる。
もっとフォロワーを増やす。
一時的には、
自信を感じるかもしれません。
でも、
必ず自分より上の人が見つかります。
すると、
また自信を失います。
「他人より優れている」が自信の条件になる危険
他人より上なら、
自信がある。
他人より下なら、
自信がない。
この状態では、
自信が、
順位によって上下するもの
になります。
アドラー心理学では、
人間関係を単なる上下・競争だけで見るのではなく、
共同体の中で協力する方向を重視します。
だから、
「誰より優秀か」
ではなく、
「今の自分に何ができるか」
へ視点を移します。
自信と「自己受容」
ここで、
自己受容とつながります。
自信がない人は、
「自分をもっと好きにならなければ」
と思うことがあります。
でも、
無理に好きになる必要はありません。
自己受容とは、
「私は素晴らしい」
と言い聞かせることではなく、
今の自分を現実として認めること
です。
「できない自分」を認めてもいい
たとえば、
「今は人前でうまく話せない」
それで構いません。
「自信がない自分はダメ」
ではなく、
「今は自信がない」
と認める。
そして、
「この自分で、何ができる?」
と考えます。
日本アドラー心理学会の解説でも、自己受容が難しい人は非現実的に高い目標を設定し、それを達成できず、さらに「自分はダメだ」と感じる循環に陥ることがあると説明されています。
自信がない人ほど「完璧」を目指していない?
自信がない人ほど、
実は、
自分への基準がとても高いことがあります。
人前で話すなら、
緊張してはいけない。
仕事なら、
ミスしてはいけない。
恋愛なら、
相手から絶対好かれなければならない。
SNSなら、
評価されなければならない。
このように、
「できる」の基準が高すぎる
ことがあります。
100点ではなく「今できること」を見る
たとえば、
10人の前で話すのが怖いなら、
まず1人に話してみる。
転職が怖いなら、
まず求人を見る。
友達を作るのが怖いなら、
まず挨拶する。
いきなり、
「自信のある人」
になる必要はありません。
今の自分でもできる、小さな行動を探す。
これが勇気づけにもつながります。
「自分には何もない」と思うとき
自信を失っていると、
自分の短所ばかり見えることがあります。
できないこと。
苦手なこと。
失敗。
過去の後悔。
でも、
同じ人の中には、
できていることもあります。
仕事を続けている。
誰かの話を聞いた。
約束を守った。
失敗したあと謝った。
小さなことかもしれません。
でも、
それも自分の一部です。
勇気づけでは「できていること」にも目を向ける
アドラー心理学の勇気づけでは、
できていない部分だけでなく、
すでに存在する成果や能力、協力や貢献
にも目を向けます。勇気づけは単なる褒め言葉ではなく、相手が共同体感覚を持って協力的に生きられるよう働きかけるものとされています。
自分自身に対しても同じです。
「できなかった」
だけではなく、
「何ならできた?」
と考えてみます。
「自分を褒める」と「自分を勇気づける」は違う
自信をつける方法として、
「自分をたくさん褒めよう」
と言われることがあります。
それも役立つことがあります。
でも、
アドラー心理学の勇気づけは、
単に、
「自分はすごい!」
と言うことではありません。
たとえば、
「今日は完璧ではなかった。でも最後までやった」
「緊張した。でも一言は発言できた」
「失敗した。でも次の改善点がわかった」
というように、
現実を見ながら、次へ進む力を支えること
です。
「自信」より「自分を信頼する」
少し言葉を変えてみましょう。
自信というと、
「自分なら成功できる」
というイメージがあります。
でも、
人生では、
成功するかどうかわからないことがあります。
そこで、
「成功できる自分を信じる」
だけでなく、
「失敗しても、その後どうするか考えられる自分を信頼する」
と考えてみます。
こちらのほうが、
現実的なこともあります。
「失敗しない自分」ではなく「失敗しても戻ってこられる自分」
自信を、
「絶対失敗しない」
と思えることにすると、
少しでも不安があると行動できません。
でも、
「失敗しても学べる」
「落ち込んでも、また考えられる」
と思えるなら、
失敗の可能性があっても動きやすくなります。
自信とは、
完璧な未来を信じることではなく、
不完全な自分と付き合っていける感覚
として考えることもできます。
他人から褒められれば自信はつく?
もちろん、
誰かから、
「すごいね」
「よくできたね」
と言われれば、
自信がつくことがあります。
でも、
他人からの評価だけで自信を保とうとすると、
問題もあります。
褒められないと、
不安になるからです。
承認によって作った自信は、承認によって失われる
上司から褒められた。
自信がつく。
次の日、
別の人が評価された。
自信をなくす。
SNSで反応が多かった。
自信がつく。
次の投稿は反応が少ない。
自信をなくす。
これでは、
自信のスイッチを、
他人に渡している
状態になります。
「評価される」から「貢献できる」へ
アドラー心理学では、
他者からの承認よりも、
共同体の中で、
自分に何ができるか
を見る方向を重視します。
たとえば仕事なら、
「上司から評価された?」
だけではなく、
「今日、誰かの役に立てた?」
と考える。
友人関係なら、
「好かれた?」
だけではなく、
「相手の話を聞けた?」
と考える。
評価を受け取る側から、
自分が何を渡せたか
へ視点を変えます。
「役に立てる自分」だけが価値あるわけではない
ただし、
ここにも注意が必要です。
「人の役に立てない自分には価値がない」
となると、
また新しい条件が生まれます。
自分を証明するために、
人に尽くす。
無理をする。
断れなくなる。
これは、
自己犠牲につながります。
他者貢献とは、
自分の価値を証明するための義務ではありません。
自信と「課題の分離」
自信がないと、
他人の評価がとても気になります。
「失敗したらどう思われる?」
「笑われたらどうしよう」
「能力がないと思われるかも」
ここで、
課題の分離を考えます。
自分には、
準備する。
努力する。
誠実に話す。
改善する。
ということができます。
でも、
それを見た人がどう評価するかは、
完全にはコントロールできません。
「評価される自分」を作ろうとしすぎない
他人の評価をコントロールしようとすると、
「評価されるための自分」
を作り始めます。
失敗しない自分。
明るい自分。
仕事のできる自分。
人気のある自分。
でも、
その自分を維持し続けなければならないので、
とても疲れます。
具体例4|「失敗したら恥ずかしい」
新しい仕事に挑戦したい。
でも、
「失敗したら恥ずかしい」
と思う。
ここでは、
失敗そのものより、
「失敗した自分を人からどう見られるか」
が怖いことがあります。
そこで、
「失敗しないこと」
ではなく、
「挑戦して学ぶこと」
へ目標を変えます。
すると、
行動の意味が変わります。
自信と「ライフスタイル」
「自分には自信がない」
という状態も、
ライフスタイルと関係していることがあります。
たとえば、
「完璧でなければ価値がない」
「人より上でなければならない」
「失敗すると嫌われる」
という考え方です。
すると、
どんな場面でも、
自分に自信を持ちにくくなります。
なぜなら、
自信を持つための条件が、
とても厳しいからです。
「私は自信がない性格だから」で終わらない
アドラー心理学のライフスタイルという考え方では、
「性格だから仕方ない」
で終わりません。
「自分はこれまで、このような考え方を使って生きてきた」
と見ることができます。
すると、
別のパターンを試す可能性が生まれます。
「失敗しない自分でなければ」
から、
「失敗しても学べる自分でいよう」
へ変えてみる。
自信がないときに考えたい5つの問い
自信をなくしたときは、
次の5つを考えてみてください。
1.「自信がない」を具体的にすると何?
何に自信がないのか。
仕事?
恋愛?
人前で話すこと?
容姿?
すべてを「自分はダメ」にまとめないようにします。
2.これは事実?それとも自分への評価?
「プレゼンで言葉に詰まった」
は事実です。
「だから自分は能力がない」
は評価です。
分けて考えます。
3.自信がないことで、何を避けている?
失敗?
拒絶?
恥?
比較?
避けているものを考えてみます。
4.自信がなくてもできる、小さな一歩は?
完璧にできることではなく、
今でもできることを探します。
5.「評価されたか」ではなく「何ができたか」を見られる?
結果や他人の反応だけでなく、
自分の行動や成長を見るようにします。
「自信を持とう」としすぎなくてもいい
自信がないと、
「自信をつけなければ」
と焦ります。
でも、
その瞬間、
「自信がある自分=良い」
「自信がない自分=悪い」
という新しい比較が始まります。
だから、
まずは、
「今は自信がない」
と認めても構いません。
そのうえで、
「では、この状態でも何ができる?」
と考えます。
自信は「行動の前提」ではなく「結果」になることもある
自信がつくまで待つ。
ではなく、
小さく行動する。
経験する。
失敗する。
少し学ぶ。
またやってみる。
その繰り返しによって、
あとから、
「あれ、自分でも少しできるかもしれない」
という感覚が生まれることがあります。
つまり、
自信は、
行動するために必要な条件ではなく、行動した結果として生まれることもある
のです。
「自分には価値がある」と言い聞かせるだけでいい?
自己肯定の言葉が、
力になることもあります。
でも、
無理に、
「私は素晴らしい」
と思い込む必要はありません。
むしろ、
「できないところもある」
「失敗することもある」
「自信がない日もある」
と認める。
そのうえで、
「それでも、自分の課題に取り組める」
と考える。
このほうが、
アドラー心理学の勇気に近い考え方です。
自信と「共同体感覚」
自信がないとき、
私たちは自分の内側ばかりを見ます。
「自分はできる?」
「自分には価値がある?」
「自分は評価されている?」
でも、
アドラー心理学は、
そこで終わりません。
問いを、
「自分には、この場所で何ができる?」
へ広げます。
他者や共同体とのつながりへ視点を向けるのです。
「自分がどう見えるか」から「どう関われるか」へ
たとえば、
会議で、
「頭が悪いと思われたらどうしよう」
ではなく、
「この会議に、自分は何を提供できる?」
と考える。
友人関係なら、
「つまらない人と思われないかな」
ではなく、
「相手の話を聞くことはできる?」
と考える。
自分への評価から、
関係や貢献へ視点を変えます。
「自分に自信がない」は、人生の問いでもある
ここまで考えると、
「自分に自信がない」
という悩みは、
単にメンタルを強くする問題ではないことがわかります。
その奥には、
「何を基準に、自分の価値を決めているのか」
という問いがあります。
他人より優れていること?
失敗しないこと?
人から認められること?
それとも、
不完全でも、
自分の人生に取り組み、
他者と協力して生きること?
ここに、
哲学的な問いが生まれます。
本当に必要なのは「自信」より「勇気」かもしれない
「自分なら絶対できる」
と思える日ばかりではありません。
怖い日もあります。
自信がない日もあります。
失敗する日もあります。
だから、
「自信を持ってから人生を始めよう」
とすると、
いつまでも始められないかもしれません。
必要なのは、
自信より先に、
「自信がない自分でも一歩進んでみる勇気」
なのかもしれません。
まとめ|自信がなくても、前へ進むことはできる
「自分に自信がない」
そう感じること自体を、
悪いことだと思う必要はありません。
アドラー心理学では、
劣等感は人間にとって自然な感覚として捉えられます。問題は、それをどの方向へ使うかです。
自信がない。
だから、
何もしない。
ではなく、
自信がない。
それでも、できることを一つやってみる。
失敗した。
だから、
自分はダメ。
ではなく、
失敗した。
では、次に何を変えられる?
他人より劣っている。
だから、
価値がない。
ではなく、
苦手なことがある。
それでも、自分にできることはある。
こうして、
「自信があるか」
だけを人生の基準にしない。
アドラー心理学が重視するのは、
ただ強い自分になることではありません。
自分の課題を引き受ける。
他者と協力する。
共同体の中で、
自分にできることをする。
そうした姿勢が、
「勇気」です。
だから、
自信を持てない自分を、
無理に変えなくてもいいところから始められます。
まず、
今の自分を認める。
そして、
ほんの少しだけ、
行動してみる。
哲学を学ぶことを、もっと日常に。
次に、
「自信がないから無理」
と思ったとき。
その言葉を否定しなくて構いません。
ただ、
そのあとに、
ひとつだけ問いを加えてみてください。
「自信がなくても、今できる一番小さなことは何だろう?」
自信とは、
人生を始めるための入場券ではありません。
不完全な自分のまま歩き出し、その経験の中で少しずつ育っていくもの。
アドラー心理学から考えると、
本当に必要なのは、
「自信のある自分」になることよりも、
自信がない自分にも、人生の課題に取り組む勇気を与えること
なのかもしれません。