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アドラー心理学の「自己受容」とは?
「もっと自信を持たなければ」
「自分を好きにならなければ」
「ありのままの自分を認めなければ」
そんな言葉を聞いて、
かえって苦しくなったことはないでしょうか。
自分には苦手なことがある。
失敗したこともある。
人よりできないと感じることもある。
そんな自分を見ながら、
「それでも自分を肯定しなければいけない」
と思うと、無理をしているように感じることがあります。
そこで考えてみたいのが、
「自己受容」
という考え方です。
自己受容とは、
「私は完璧だ」
「私は何でもできる」
と思い込むことではありません。
できないことがあるなら、
「今の自分には、これはできない」
と認める。
苦手なことがあるなら、
「自分にはこういう苦手さがある」
と認める。
そのうえで、
「では、この自分でこれからどうしていこう?」
と考える。
これが、アドラー心理学の考え方から自己受容を理解するときの大きなポイントです。
この記事では、自己受容とは何なのか、自己肯定との違いや、仕事・人間関係・失敗などの具体例を交えながら、初心者にもわかりやすく紹介します。
自己受容とは?
自己受容とは、簡単に言えば、
「今の自分を、まず現実として受け入れること」
です。
ここで重要なのは、
「今の自分が素晴らしいと思うこと」
ではありません。
たとえば、
人前で話すのが苦手。
料理が得意ではない。
仕事で失敗した。
自分の容姿に好きではない部分がある。
そうしたものを、
「こんな自分ではダメだ」
と否定するのではなく、
まず、
「今の自分には、こういう部分がある」
と見る。
そのうえで、
変えられるなら変えていく。
変えられないなら、その条件のなかでどう生きるかを考える。
つまり自己受容とは、
自分をあきらめることではなく、自分自身を出発点として認めること
なのです。
自己受容と自己肯定は何が違う?
「自己受容」と似た言葉に、
自己肯定
があります。
この二つは混同されることがありますが、考え方には違いがあります。
たとえば、
試験で100点満点中60点だったとします。
自己肯定を強く意識すると、
「60点でも私は素晴らしい」
「私はできる人間だ」
と考えるかもしれません。
もちろん、そう思えることが悪いわけではありません。
一方、自己受容では、
「今回は60点だった」
という事実をまず受け入れます。
そして、
「自分は80点取れる人間だ」
と無理に思い込むのではなく、
「60点の自分が、次に何をできるだろう?」
と考えます。
ここに大きな違いがあります。
自己受容は、
自分を高く評価することではなく、自分を正確に見ること
に近いのです。
自己受容は「自分を好きになること」ではない
自己受容について、
「自分を好きにならなければならない」
と考える必要もありません。
自分のすべてを好きになれる人ばかりではないでしょう。
「この性格は好きじゃない」
「この部分は変えたい」
と思うこともあります。
それでも構いません。
自己受容で重要なのは、
好きか嫌いかではなく、
「これは今の自分の一部である」
と認めることです。
たとえば、
「私は緊張しやすい自分が嫌い」
と思っていたとします。
自己受容では、
無理に、
「緊張する自分も大好き」
と思う必要はありません。
まず、
「私は人前だと緊張しやすい」
と認める。
そこから、
「では、緊張しながらでも話せる方法はあるだろうか?」
と考える。
このほうが現実的です。
自己受容は「あきらめること」でもない
もうひとつ大きな誤解があります。
「ありのままを受け入れるなら、努力しなくていいということ?」
という疑問です。
しかし、自己受容とあきらめることは違います。
たとえば、
「自分は英語が苦手だ」
とします。
自己否定なら、
「英語もできない自分はダメだ」
となります。
あきらめなら、
「英語が苦手だから、もう何もしない」
となります。
自己受容なら、
「今の自分は英語が苦手だ。では、必要なら少しずつ勉強してみよう」
となります。
つまり、
現状を否定しない。
しかし、
現状に固定もしない。
今の自分を出発点にして前へ進む。
これが自己受容の考え方です。
アドラー心理学では「与えられたものをどう使うか」を考える
アドラー心理学には、
「人間は与えられた条件によって完全に決まるわけではない」
という考え方があります。
生まれ持った性格。
家庭環境。
これまでの経験。
身体的な特徴。
変えられない過去。
私たちには、自分で選べなかったものがたくさんあります。
しかし、
重要なのは、
それらを持った自分が、これからどう生きるのか
です。
これは、アドラー心理学の主体性や目的論ともつながっています。
過去や環境に影響されながらも、
「これからどの方向へ向かうのか」
については考える余地がある。
自己受容とは、
その前提として、
まず自分に与えられているものを正しく見ること
だと考えるとわかりやすいでしょう。

具体例1|仕事で失敗したとき
仕事で大きなミスをしたとします。
自己否定すると、
「自分は仕事ができない」
「自分には価値がない」
と、ひとつの失敗から自分全体を否定してしまいます。
反対に、無理な自己肯定をすると、
「自分は悪くない」
「失敗なんて気にしなくていい」
と、改善する機会まで失う可能性があります。
自己受容では、
「今回、自分は失敗した」
とまず認めます。
そして、
「何が足りなかったのか」
「次にできることは何か」
を考えます。
つまり、
失敗した自分を否定せず、失敗そのものからは学ぶ。
この二つを分けることが大切です。
具体例2|人より仕事が遅い
同僚と比べて、
「自分だけ仕事が遅い」
と感じることがあります。
すると、
「あの人は優秀なのに、自分はダメだ」
と劣等感を持つかもしれません。
自己受容では、
まず、
「今の自分は、この仕事にこのくらい時間がかかる」
と認めます。
そこから、
どうすれば少し早くできるか。
得意な方法はないか。
誰かに相談したほうがいいか。
そもそも自分には別の得意分野がないか。
と考えます。
「できない自分を認める」
というのは、
自分を下げることではありません。
現実からスタートすること
なのです。
具体例3|自分の性格が嫌い
「人見知りな自分が嫌い」
「考えすぎる性格を変えたい」
「もっと明るい人になりたい」
と感じる人もいます。
もちろん、変えたい部分を変えようとすることはできます。
しかし、
「こんな性格の自分には価値がない」
と考えると、
変わる前の自分をずっと否定することになります。
自己受容では、
「私は考えすぎる傾向がある」
と認めます。
そして、
その特徴がどんな場面では困るのか。
逆に、
慎重さとして役立つ場面はないか。
どこを変えたいのか。
と具体的に考えます。
性格全体を否定するのではなく、
自分の特徴をどう使うか
へ視点を移していくのです。
具体例4|SNSで他人と比べてしまう
SNSを見ると、
自分より充実しているように見える人がたくさんいます。
仕事がうまくいっている。
旅行している。
友人が多い。
見た目も素敵。
すると、
「自分は何も持っていない」
と感じることがあります。
しかし、他人と比較している間、
自分自身の現実が見えなくなっていることがあります。
自己受容では、
「自分には今、何があるのか」
を見る。
そして、
「この自分で、これから何をしたいのか」
と考えます。
他人と同じ人生になる必要はありません。
自分に与えられた条件から、自分の方向を考えることが大切です。
具体例5|過去の失敗を引きずっている
過去に、
仕事で失敗した。
恋愛で傷ついた。
進路選択を後悔している。
そんな出来事があると、
「あのときこうしていれば」
と何度も考えてしまうことがあります。
しかし、過去そのものは変えられません。
自己受容では、
「その出来事が自分の人生にあった」
という事実を認めます。
これは、
「その出来事はよかった」
と思うことではありません。
嫌だった経験は、嫌だった経験として認めていい。
そのうえで、
「この過去を持っている自分が、これからどうするか」
を考える。
ここで、自己受容と目的論がつながってきます。
「変えられるもの」と「変えられないもの」を分ける
自己受容を理解するときに、とても役立つ考え方があります。
それが、
変えられるものと、変えられないものを分けること
です。
たとえば、
過去に起きた出来事は変えられません。
生まれた家庭も変えられません。
身長など、簡単には変えられない身体的特徴もあります。
しかし、
これから何を学ぶか。
誰と付き合うか。
どう行動するか。
過去をどう意味づけるか。
については、ある程度考えることができます。
自己受容とは、
変えられないものまで無理に変えようとして苦しむことをやめ、変えられるものへ力を使うこと
とも言えます。
自己受容と「目的論」はどうつながる?
アドラー心理学の目的論では、
「なぜこうなったのか」
だけではなく、
「これからどこへ向かうのか」
を考えます。
自己受容も同じです。
たとえば、
「自分は人前で話すのが苦手だ」
という現実を認める。
そこで終わるのではなく、
「では、人前で話せるようになりたいのか」
「話す必要がある場面だけ少しずつ慣れたいのか」
「別の方法で力を発揮したいのか」
と考えます。
つまり、
自己受容は現在地を確認すること。
目的論はそこから向かう方向を考えること。
と捉えるとわかりやすいでしょう。

自己受容と「劣等感」はどうつながる?
自己受容は、アドラー心理学の劣等感とも深く関係します。
私たちは、
「もっとできるようになりたい」
「今の自分では足りない」
と感じます。
この感覚自体は、必ずしも悪いものではありません。
問題なのは、
「できない自分は価値がない」
となってしまうことです。
たとえば、
「英語が話せない」
と、
「英語が話せない私はダメな人間だ」
は違います。
前者は現状です。
後者は、自分全体への評価です。
自己受容とは、
「できないこと」と「自分の価値」を切り離すこと
にもつながります。
できないことがある。
だから練習する。
それでいいのです。
自己受容と「承認欲求」はどうつながる?
自分を受け入れられないと、
他人からの評価で自分の価値を確かめたくなることがあります。
「褒められれば自分には価値がある」
「いいねが多ければ自分は魅力的だ」
「上司から評価されれば自分は優秀だ」
というように、
自分の価値を外側に求めます。
しかし、
他人の評価は自分では完全にコントロールできません。
自己受容が少しずつできると、
「他人がどう評価するか」と「今の自分がどう生きるか」を分けて考えやすくなります。
評価されたら嬉しい。
でも、
評価されなければ自分の存在まで否定されるわけではない。
この違いはとても大きなものです。
自己受容と「課題の分離」
ここでは課題の分離ともつながります。
自分が努力すること。
自分が誠実に行動すること。
自分が何を選ぶか。
これは自分側の課題です。
一方、
他人が自分を好きになるか。
評価するか。
認めるか。
は相手側の課題です。
自己受容ができないと、
他人から認めてもらうことで自分を安心させようとします。
すると、
相手の評価という「自分には決められないもの」に人生が左右されやすくなります。
自己受容とは、
自分の人生の基準を、少しずつ自分の側へ戻していくこと
とも言えます。
自己受容から「他者との関係」へ
ここで重要なのは、
自己受容が、
「自分だけを大切にすればいい」
という考え方ではないことです。
アドラー心理学では、人間を社会のなかで他者とともに生きる存在として捉え、共同体感覚を重視します。共同体感覚は、自分が共同体に所属し、人々を仲間と感じ、自分も貢献できるという感覚として説明されています。
自分を受け入れる。
他者も自分とは違う一人の人間として尊重する。
そして、
「自分には、この場所で何ができるだろう?」
と考える。
ここまで進むことで、自己受容は共同体感覚へつながっていきます。

自己受容は「自分だけを見ること」ではない
自己受容という言葉だけを見ると、
自分の内面だけを見つめ続ける考え方のように感じるかもしれません。
しかしアドラー心理学全体から見ると、
最終的な方向はそこではありません。
アドラー心理学は、人間を社会に組み込まれた存在として捉え、他者との協力や共同体への貢献を重視します。
だから、
「私はこういう人間だ」
と理解したあと、
「では、この自分で人とどう関わっていくのか」
へ進みます。
自己理解の先に、
他者との関係があります。
自己受容できないときはどうすればいい?
自己受容について読んで、
「でも、どうしても自分を受け入れられない」
と思う人もいるでしょう。
無理に受け入れようとする必要はありません。
まず、
自分を好きになることではなく、自分について事実を言葉にすること
から始めてみるとわかりやすいです。
たとえば、
「自分はダメだ」
ではなく、
「今回は仕事でミスをした」
と考える。
「自分はコミュニケーション能力がない」
ではなく、
「初対面の人とは緊張しやすい」
と考える。
「自分は何をやっても続かない」
ではなく、
「今回の勉強は3週間で止まった」
と考える。
自分全体への評価をやめて、
具体的な事実に戻す。
これだけでも、自己受容への一歩になります。
自己受容のための5つの問い
日常で自分を否定したくなったときは、次の問いを考えてみてください。
1.これは「事実」なのか、それとも「自分への評価」なのか?
「失敗した」
は事実です。
「だから自分はダメだ」
は評価です。
この二つを分けます。
2.これは自分で変えられることだろうか?
変えられるなら、
何ができるかを考える。
変えられないなら、
その条件のなかでどう生きるかを考える。
3.できないことを、自分全体の価値にしていないだろうか?
ひとつ苦手なことがあるだけで、
「自分はダメな人間」
になっていないか考えます。
4.私は他人になろうとしていないだろうか?
憧れの人から学ぶことはできます。
しかし、
その人そのものになることはできません。
自分に与えられているものをどう使うか
へ視点を戻します。
5.この自分で、次に何ができるだろう?
最後に、
「では、これからどうする?」
と考えます。
自己受容で最も大切なのは、
ここです。
「ありのままの自分」で止まらなくていい
「ありのままの自分を受け入れよう」
という言葉があります。
とても優しい言葉ですが、
場合によっては、
「今のままでいなければならない」
と感じるかもしれません。
しかし、
自分を受け入れることと、
自分を変えることは矛盾しません。
今の自分を認める。
そして、
変えたいところは変えていい。
学びたいなら学ぶ。
挑戦したいなら挑戦する。
人間関係を変えたいなら、少しずつ変えていく。
今の自分を否定しないことと、
成長することは両立します。
自己受容は「勇気」の問題でもある
自分の弱さを認めることは、意外と難しいものです。
「できない」
と言うより、
「本気を出していないだけ」
と言ったほうが楽なこともあります。
失敗を認めるより、
誰かのせいにしたほうが自分を守れることもあります。
だから、
自分の現実を見ることには、
勇気が必要です。
アドラー心理学では「勇気づけ」が重要視されます。
それは、
完璧になるための勇気ではありません。
不完全な自分のまま、人生の課題に取り組む勇気
です。
自己受容は、その勇気の土台になる考え方でもあります。

自己受容と「幸福」
さらに深く考えると、
自己受容は、
「幸福とは何か」
という哲学的な問いにもつながります。
もし幸福になるために、
もっと美しくならなければ。
もっと成功しなければ。
もっと人から認められなければ。
もっと完璧にならなければ。
と考えていたら、
幸福はいつも未来へ先送りされます。
「これができたら、自分を認めよう」
「この人より上になったら、自信を持とう」
と条件を増やし続けるからです。
自己受容は、
完璧になってから人生を始めるのではなく、不完全な自分のまま人生を始める
という考え方でもあります。
自己受容は「自分を変えなくていい」という思想ではない
最後に、もう一度確認しておきたいことがあります。
自己受容とは、
「私はこれでいいから、何も変えなくていい」
という考え方ではありません。
むしろ逆です。
変わるためには、
まず、
「今、自分はどこにいるのか」
を知る必要があります。
現在地を認めなければ、
どこへ向かえばいいのかもわかりません。
だから自己受容とは、
ゴールではなく、
出発点
なのです。
まとめ|自己受容とは「この自分から始める」こと
アドラー心理学の考え方から自己受容を理解すると、
それは、
「自分を無理に好きになること」
ではありません。
「自分は素晴らしい」と言い聞かせること
でもありません。
そして、
「何も変えなくていい」とあきらめること
でもありません。
今の自分には、
できることがある。
できないこともある。
得意なことがある。
苦手なこともある。
変えられるものがある。
変えられないものもある。
まず、それを認める。
そのうえで、
「では、この自分でこれからどう生きるのか」
を考える。
これが自己受容を理解する大切なポイントです。
他人より優れた自分になる必要はありません。
完璧な自分になってから人生を始める必要もありません。
私たちは、
今持っているものからしか始められません。
でも、
今持っているものをどう使うかについては考えることができます。
失敗したとき。
人と比べて落ち込んだとき。
自分の嫌なところばかり目についたとき。
「こんな自分ではダメだ」
と考える前に、
ひとつだけ問いかけてみる。
「これが今の自分だとしたら、ここから何ができるだろう?」
自己受容とは、
自分を甘やかすことでも、
自分をあきらめることでもありません。
不完全な自分を連れて、それでも前へ進むこと。
なのかもしれません。
哲学を学ぶことを、もっと日常に。
完璧な自分になる日を待つのではなく、
今の自分から人生を始める。
そこから、自己受容について考えてみてはいかがでしょうか。