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アドラー心理学の「目的論」とは?原因論との違い
「昔、失敗したから挑戦するのが怖い」
「人間関係で傷ついたから、人を信用できない」
「自分はもともとこういう性格だから変われない」
私たちは現在の自分について考えるとき、過去にその「原因」を探すことがあります。
なぜ自信がないのか。
なぜ人前で緊張するのか。
なぜ行動できないのか。
「なぜ?」と問い続け、その原因を探していく。
これはとても自然な考え方です。
しかしアドラー心理学では、そこにもうひとつの問いを加えます。
「その行動によって、今、何を実現しようとしているのだろう?」
これが、アドラー心理学を理解するうえで重要な「目的論」という考え方です。
原因が、
「なぜこうなったのか」
を見るものだとすれば、
目的論は、
「何のために、今この行動をしているのか」
を見る考え方です。
ただし、
「過去なんて関係ない」
「すべて本人の意思次第だ」
という意味ではありません。
目的論のおもしろさは、過去を消してしまうことではなく、
過去だけでは説明できない「今の自分の向かう先」に目を向けること
にあります。
この記事では、アドラー心理学の「目的論」とは何なのか、原因論との違いや身近な具体例を交えながら、初心者にもわかりやすく解説します。
アドラー心理学の「目的論」とは?
アドラー心理学における目的論とは、簡単に言えば、
「人間の行動には目的がある」
と考える立場です。
人間は過去の出来事や環境に押されるだけの存在ではなく、
何らかの目標や目的へ向かって行動する存在
として捉えます。
ここでいう「目的」は、
「5年後に起業する」
「今年中に資格を取る」
というような、本人がはっきり自覚している目標だけではありません。
自分でもはっきり意識していない目的が、現在の行動に関係している場合もあります。
たとえば、
「失敗して傷つきたくない」
「嫌われたくない」
「自分の立場を守りたい」
というようなものです。
そのためアドラー心理学では、
「なぜ私はこんな行動をするのだろう?」
だけではなく、
「この行動によって、私は何を実現しようとしているのだろう?」
と考えます。

原因論とは?
目的論と対比して語られるのが原因論です。
原因論とは、
現在起きていることには、それを引き起こした過去の原因がある
と考える見方です。
たとえば、
「幼いころ人前で笑われた」
↓
「人前に立つことが怖くなった」
↓
「大人になっても人前で話せない」
というように、現在の状態を過去の出来事との因果関係から理解します。
心理学史においては、フロイトの精神分析が過去の経験や幼少期、無意識の葛藤などを重視したことから、アドラーの目的論と対比されることがよくあります。
ただし、
「フロイト=原因しか見ない」「アドラー=過去を一切見ない」
と完全に二分してしまうと単純すぎます。
大切なのは、
現在を見る方向が違う
と理解することです。

目的論と原因論の違い
非常に簡単に整理すると、
原因論
「なぜ、このようになったのか?」
↓
過去へ目を向ける。
一方、
目的論
「この行動によって、何を実現しようとしているのか?」
↓
現在から向かっている目的へ目を向ける。
という違いがあります。
たとえば、
「新しいことに挑戦できない」
という同じ悩みでも、問い方が変わります。
原因論では、
「過去にどんな経験があったから、挑戦できなくなったのだろう?」
と考える。
目的論では、
「挑戦しないことで、今の自分は何を守ろうとしているのだろう?」
と考える。
答えは、
「失敗しない自分でいたい」
「恥をかきたくない」
「能力がないと証明されるのが怖い」
かもしれません。
同じ行動でも、見る方向を変えると違う意味が見えてきます。

具体例1|「失敗した経験があるから挑戦できない」
たとえば、以前仕事で大きな失敗をした人がいるとします。
それ以来、
「もう新しい仕事には挑戦したくない」
と思うようになりました。
原因から考えるなら、
「以前の失敗があったから、挑戦できない」
となります。
もちろん、過去の失敗が現在の気持ちに影響することはあるでしょう。
しかし目的論では、もうひとつ違った角度から見ます。
「挑戦しないことで、何を実現しようとしているのだろう?」
たとえば、
「もう失敗して恥をかかない」
「自分の能力不足が明らかにならない」
という目的があるかもしれません。
すると、
「過去のせいでできない」
だけだった状態から、
「自分は傷つかないために、今は挑戦しないという方法を選んでいるのかもしれない」
という見方が生まれます。
ここから初めて、
「では、別の方法を選ぶことはできないだろうか?」
という問いが生まれます。
具体例2|人前で話すのが怖い
「昔、人前で話したときに笑われた」
という経験があったとします。
それ以来、人前で発表することを避けるようになった。
原因論的に考えれば、
過去に笑われた経験が原因
と考えます。
目的論では、
「人前で話さないことによって何を得ているのか」
を見ます。
たとえば、
「もう二度と恥をかかない」
という目的です。
発表を避ければ、少なくとも発表中に失敗することはありません。
つまり、
「話せない」
という現在の行動が、
自分を守る方法として働いている可能性があります。
ここで大切なのは、
「だから本人が悪い」
という話ではないことです。
むしろ、
「この行動には、自分なりの理由があるのかもしれない」
と理解する。
そのうえで、
「自分を守る方法は、本当にこれしかないのだろうか?」
と考え直すことが目的論の特徴です。
具体例3|仕事を先延ばしにしてしまう
やらなければいけない仕事がある。
でも、なかなか始められない。
スマホを見る。
動画を見る。
部屋を片づける。
気づけば締め切り直前。
そんな経験がある人もいるでしょう。
原因を探せば、
「集中力がないから」
「怠け癖があるから」
「もともと計画性がないから」
と考えるかもしれません。
では目的論ならどうでしょうか。
「先延ばしすることで、何を避けられるのだろう?」
と考えます。
たとえば、
「本気でやって失敗することを避ける」
という目的があるかもしれません。
ギリギリになって取り組めば、
失敗しても、
「時間がなかったから仕方ない」
と言えます。
もし十分な時間を使って本気で取り組み、それでも失敗したら、
「自分には能力がないのかもしれない」
と感じるかもしれない。
だから無意識のうちに、
「本気を出さなかった」という逃げ道を残している
可能性もあります。
こう考えると、
「私は怠け者だから」
で終わらず、
「私は何を恐れて先延ばししているのだろう?」
という新しい問いを持つことができます。
具体例4|人から嫌われるのが怖い
誰かに意見を聞かれても、
「どっちでもいいよ」
と言う。
本当は嫌なのに頼みを断れない。
恋人にも自分の希望を言えない。
こうした行動について、
「昔、人間関係で傷ついたから」
と考えることもできます。
目的論なら、
「自分の意見を言わないことで、何を実現しているのだろう?」
と考えます。
もしかすると、
「相手から嫌われないこと」
が目的なのかもしれません。
すると、
問題は単に、
「自分には意見を言う勇気がない」
ではなくなります。
むしろ、
「嫌われる可能性を避けるために、自分の意見を言わないという方法を使っている」
と見ることができます。
ここから、
「嫌われないことを最優先にする生き方を、これからも選びたいだろうか?」
という問いへ進めます。
具体例5|子どもが言うことを聞かない
目的論は、自分自身を理解するときだけではなく、他人の行動を考えるときにも使われます。
たとえば子どもが、何度注意しても親の言うことを聞かない。
原因を探すと、
「反抗期だから」
「性格がわがままだから」
「育て方が悪かったから」
と考えるかもしれません。
目的論では、
「この行動によって、この子は何を得ようとしているのだろう?」
と考えます。
注目してもらいたい。
自分の力を示したい。
自分で決めたい。
誰かに助けてもらいたい。
もちろん、実際の目的は本人との対話なしには決めつけられません。
大切なのは、
「問題行動には原因がある」だけでなく、「その人にとって何らかの意味や目的があるかもしれない」
という視点を持つことです。
すると、
「どう罰すれば言うことを聞くか」
ではなく、
「この子は何を必要としているのだろう?」
と考えられるようになります。
目的論は「未来が過去を引き起こす」という意味ではない
ここで、目的論についてよくある誤解があります。
未来の目的によって現在の行動が決まると言うと、
「まだ起こっていない未来が、現在を動かすの?」
と不思議に感じるかもしれません。
しかし、そういう意味ではありません。
アドラー心理学で重要なのは、
現在の自分が、未来について何らかの目標やイメージを持っている
ということです。
たとえば、
「嫌われたくない」
という目的は、未来から現在へ不思議な力を送っているわけではありません。
現在の自分が、
「嫌われない状態でいたい」
という目標を持っていて、その目標に向かって行動していると考えます。
つまり、
未来そのものが原因なのではなく、
現在の自分が持っている「未来についての目標」が行動を方向づける
ということです。

目的論は「何でも自分で選んでいる」という意味でもない
もうひとつ重要な誤解があります。
目的論について、
「病気も不安も全部その人が自分で選んでいる」
「つらい状況にいるのも本人の目的だから」
と理解するのは危険です。
人間の人生には、
生まれ持った身体的特徴。
病気。
社会環境。
家庭環境。
他者から受けた出来事。
事故。
災害。
など、自分自身では選べないものが数多くあります。
過去の経験が心や身体に影響することもあります。
アドラー心理学の目的論は、そうした影響をすべて否定するための考え方ではありません。
重要なのは、
「人間は環境や過去の影響だけで完全に決まってしまう存在ではない」
と見ることです。
自分では選べなかったものがある。
それでも、
その状況のなかで何を目指し、どう行動するのかについては、考えられる余地がある。
この主体性に目を向けることが、アドラー心理学の特徴です。
アドラー心理学は「過去を無視する」のか?
ここも目的論について非常によくある誤解です。
結論から言えば、
過去を完全に無視するわけではありません。
過去の出来事。
家庭環境。
人間関係。
これまでの経験。
そうしたものが現在の私たちに影響を与えることはあります。
ただしアドラー心理学では、
「過去に何があったか」だけで現在の行動が機械的に決まる
とは考えません。
同じ出来事を経験したとしても、
人によって受け取り方や、その後の生き方は異なります。
だから、
「何が起きたか」
だけでなく、
「その出来事を自分はどのように意味づけているのか」
を見ることが重要になります。
過去そのものは変えられません。
しかし、
過去をどのように受け止め、
これからどの方向へ進むのかについては、
考え直す余地があります。
「トラウマは存在しない」と考えるべきなのか?
アドラー心理学について調べていると、
「トラウマは存在しない」
という強い表現に出会うことがあります。
しかし、この言葉だけを切り取って、
「つらい出来事は心に影響しない」
「過去の苦痛は本人の思い込みにすぎない」
と理解するのは適切ではありません。
アドラー心理学の目的論で重要なのは、
過去の出来事に影響されることと、過去によって未来まで完全に決定されることは同じではない
という点です。
過去には変えられない事実があります。
そして、その経験によって苦しむ人もいます。
目的論は、その苦しみを否定するためのものではありません。
むしろ、
「それでも、これからどう生きるかについて考える余地は残されている」
という方向へ目を向ける考え方です。
原因を考えることには意味がないの?
目的論を学ぶと、
「それなら原因を考える必要はないの?」
と思うかもしれません。
そうではありません。
原因を知ることが重要な場面はたくさんあります。
身体の不調なら、医学的な原因を調べる必要があります。
仕事でミスが起きたなら、
なぜ起きたのかを分析しなければ、同じミスを防げません。
事故が起きれば、
原因究明が必要です。
つまり、
原因を考えること自体が間違っているわけではありません。
アドラー心理学が問題にするのは、
人間の生き方について、
「過去に原因があるから、自分はもう変われない」
とすべてを固定してしまうことです。
原因を理解する。
そしてそのうえで、
「では、これからどうするのか?」
と考える。
この二つは必ずしも対立するものではありません。
目的論の本当のおもしろさは「問いが変わる」こと
目的論を理解するために重要なのは、
「目的を当てること」
ではありません。
もっと大切なのは、
自分に投げかける問いが変わること
です。
たとえば、
「どうして私は自信がないんだろう?」
と考えていたとします。
原因を探し続ければ、
幼少期。
親との関係。
学校での経験。
過去の失敗。
など、さまざまな答えが見つかるかもしれません。
そこに目的論の問いを加えます。
「自信がない状態でいることで、私は何を避けられているだろう?」
すると、
「自信がないから挑戦しなくても済む」
ということに気づくかもしれません。
さらに、
「では、本当はどうなりたいのだろう?」
と考える。
問いが、
「なぜこうなった?」
から、
「これからどうしたい?」
へ変わっていきます。
ここに目的論の大きな特徴があります。

目的を知れば、行動を変えられる可能性がある
目的論が実践的なのは、
目的が変われば、行動も変わる可能性がある
からです。
たとえば、
「絶対に失敗してはいけない」
という目標を持っていれば、
挑戦しないことは合理的な行動になります。
挑戦しなければ失敗しないからです。
しかし目標を、
「失敗しないこと」
から、
「失敗しても少しずつ成長すること」
へ変えたらどうでしょうか。
すると、
挑戦することにも意味が生まれます。
行動だけを無理やり変えようとするのではなく、
「自分はそもそも何を目指しているのか」
を見直す。
これが目的論の実践的なおもしろさです。
目的論と「劣等感」はどうつながる?
アドラー心理学では、目的論と劣等感も深く関係しています。
私たちは、
「今の自分」
と、
「こうなりたい自分」
を比較します。
その間に差があれば、
「まだ足りない」
という感覚が生まれます。
これが劣等感につながります。
しかし、
「足りない」
という感覚があるからこそ、
人は、
「もっとできるようになりたい」
という目標へ向かうこともできます。
つまりアドラー心理学では、
人間を単純に過去から押される存在としてではなく、
現在よりも何らかの「プラス」の状態を目指して動く存在
として捉えます。
ここで、目的論と劣等感がつながってきます。
目的論と「課題の分離」もつながっている
目的論は、課題の分離とも関係しています。
たとえば、
「人から嫌われたくないから、自分の意見を言えない」
という場合。
目的論では、
「嫌われないこと」
が目的になっている可能性を考えます。
しかし、
相手が自分を好きになるかどうかは、
相手側の課題です。
自分には、
誠実に話す。
言葉を選ぶ。
相手の意見を聞く。
ということはできます。
でも、
必ず好かれるようにすることはできません。
目的論によって、
「私は嫌われないことを目的にしているのかもしれない」
と気づく。
課題の分離によって、
「でも、相手からどう思われるかまでは自分には決められない」
と整理する。
こうしてアドラー心理学の考え方は、ひとつずつつながっていきます。

目的論を日常で使う5つの問い
目的論を実生活に取り入れたいときは、悩んだ場面で次のように問いかけてみるとわかりやすいでしょう。
1.私は今、何を避けようとしている?
挑戦しない。
断れない。
先延ばしする。
黙ってしまう。
そんなとき、
「この行動によって何を避けられているのだろう?」
と考えます。
2.この行動によって、私は何を守っている?
プライド。
安心。
他人からの評価。
「失敗しない自分」というイメージ。
何かを守るために、その行動を選んでいる可能性があります。
3.もし失敗しないとわかっていたら、私はどうしたい?
恐怖や評価をいったん外してみると、
自分が本当は向かいたい方向
が見えやすくなることがあります。
4.今の目的は、本当にこれからも必要?
かつては自分を守ってくれた行動が、
今では自分の可能性を狭めていることもあります。
昔必要だった目標を、
今も持ち続ける必要があるのか
考えてみます。
5.では、私はこれから何を目指したい?
最後は、
「なぜこうなったのか」
ではなく、
「では、これからどうしたいのか」
へ問いを進めます。
これが、目的論の一番重要なところです。
原因論と目的論、どちらが正しい?
ここまで読むと、
「結局、原因論と目的論のどちらが正しいの?」
と思うかもしれません。
しかし、日常生活に取り入れるなら、
二つを単純な勝ち負けとして考える必要はありません。
原因を見ることで、
「なぜこの問題が起きたのか」
を理解できることがあります。
目的を見ることで、
「今、自分はどこへ向かっているのか」
を理解できることがあります。
たとえば、
「なぜこうなったのか」
を考える。
そして、
「それを踏まえて、これからどうしたいのか」
を考える。
そうすれば、
過去を無視することも、
過去だけに縛られることもありません。
アドラー心理学が目的論を重視したおもしろさは、
人間を見る視線を、
「過去から現在」だけではなく、「現在から未来」へも広げたこと
にあります。
目的論は「自己責任論」ではない
もうひとつ、特に注意したいことがあります。
目的論を、
「今の人生は全部自分で選んだのだから自己責任だ」
という考え方にしてはいけません。
世の中には、
本人には選べないことがたくさんあります。
生まれる家庭。
社会環境。
病気。
事故。
災害。
他者から受ける理不尽な扱い。
こうした出来事まで、
「あなたが選んだ」
と考えるものではありません。
目的論が問いかけるのは、
出来事そのものを選んだかではなく、
その状況のなかで、これから何を目指して生きるのか
という問題です。
選べなかった過去と、
これから選べること。
その二つを区別する。
ここにもアドラー心理学の大切な視点があります。
目的論を哲学として考えてみる
ここまで見てくると、
目的論は単なる心理学のテクニックではないことがわかります。
その奥には、
「人間は自由なのか?」
という哲学的な問いがあります。
もし人間の人生が、
過去。
環境。
性格。
経験。
によって完全に決まっているなら、
私たちは決められた道を歩いているだけということになります。
しかしアドラー心理学は、
人間をそれほど受動的な存在とは考えません。
過去の影響を受けながらも、
自分がどこへ向かうのかについて、主体的に関われる部分がある
と考えます。
これは、
「好きなように何でもできる」
という自由ではありません。
与えられた条件のなかで、
「それでも、自分はどう生きるのか」
を考える自由です。
だから目的論を深く学んでいくと、
心理学から、
自由。
責任。
選択。
人生の意味。
という哲学の問題へつながっていきます。
「なぜ?」のあとに「何のため?」を加えてみる
原因を考えることは悪いことではありません。
自分自身を理解するために、
「なぜ?」
と問いかけることも大切です。
しかし、
「なぜこうなったのだろう」
という問いだけを何度繰り返しても、
過去の中から出られなくなることがあります。
そんなときは、
もうひとつだけ問いを加えてみます。
「この行動によって、私は今、何を実現しようとしているのだろう?」
そして、
「本当は、これからどうしたいのだろう?」
と続ける。
原因を消すのではなく、
目的という視点をひとつ増やす。
それだけでも、自分自身の見え方が変わることがあります。
まとめ|「なぜこうなった?」から「これからどうする?」へ
アドラー心理学の目的論とは、
人間を過去の原因だけによって動かされる存在ではなく、
何らかの目的や目標へ向かって行動する存在
として見る考え方です。
原因論が、
「なぜこうなったのか?」
と過去へ目を向けるのに対して、
目的論は、
「この行動によって、何を実現しようとしているのか?」
と現在から未来へ目を向けます。
ただし、
過去は関係ない。
環境は関係ない。
すべて本人の意思次第だ。
という意味ではありません。
過去には変えられないものがあります。
自分では選べなかった出来事もあります。
そして、それらから影響を受けることもあります。
それでも、
「過去によって、これからの人生まですべて決まってしまうわけではない」
と考える。
だから、
「なぜ自分はこうなってしまったのだろう」
だけで終わらず、
「では、これから自分はどこへ向かいたいのだろう?」
と問いを続けることができます。
ここに目的論の魅力があります。
私たちは過去を書き換えることはできません。
しかし、
これから何を目指すのかについては、
まだ考えることができます。
そして場合によっては、
今まで目指していたもの自体を見直すこともできます。
失敗しないこと。
嫌われないこと。
傷つかないこと。
評価されること。
もし、それらが自分の行動を決めているのだとしたら、
一度問いかけてみる。
「私は、本当にこれを目指し続けたいのだろうか?」
そして、
「これから、どんな自分でありたいのだろう?」
と考えてみる。
哲学を学ぶことを、もっと日常に。
「なぜ?」と過去を見るだけでなく、
「これからどうする?」
と未来へ問いを投げかけること。
そこから、アドラーの目的論は始まります。