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友人関係に疲れたとき、アドラー心理学から考える
「友達と会ったあと、なぜかすごく疲れる」
「嫌われたくなくて、いつも相手に合わせてしまう」
「返信しなければと思うだけで疲れる」
「昔は仲がよかったのに、最近は一緒にいるとしんどい」
友人関係について、そんなふうに感じたことはないでしょうか。
友達は、本来なら楽しい時間を過ごしたり、悩みを話したり、助け合ったりできる存在です。
それなのに、いつの間にか「気を遣わなければならない相手」「嫌われないように振る舞わなければならない相手」になってしまうことがあります。
すると、友達と会うことそのものが負担になり、「自分は人付き合いが苦手なのかもしれない」と感じることもあります。
では、アドラー心理学では「友人関係に疲れる」という悩みをどのように考えるのでしょうか。
アドラー心理学では、友人関係を「交友の課題」として捉えます。そして、人間関係を考えるときには、課題の分離、承認欲求、他者信頼、横の関係、共同体感覚などの考え方が重要になります。
大切なのは、
「もっと人付き合いを頑張らなければ」
と無理をすることではありません。
なぜ自分は疲れているのか。どこまで自分が引き受けることなのか。本当はどんな関係を築きたいのか。
一つずつ考えていくことです。
この記事では、友人関係に疲れたとき、アドラー心理学からどのように考えられるのかを、日常の具体例を交えながらわかりやすく見ていきます。
アドラー心理学では友人関係を「交友の課題」と考える
アドラー心理学には、「ライフタスク(人生の課題)」という考え方があります。
代表的なものが、
仕事の課題。
交友の課題。
愛の課題。
という3つです。
このうち、友人や知人、仲間などとの関係に深く関わるのが「交友の課題」です。
仕事では、役割や目的があるから関係が成立することがあります。
しかし友人関係では、「この仕事を一緒にするから付き合う」という明確な役割がないことも多くあります。
それでも、会いたいと思う。話したいと思う。助けたいと思う。
交友の課題とは、そうした対等な人間関係をどのように築いていくのかという課題でもあります。
なぜ友人関係は疲れることがあるのか
友人関係に疲れる理由は、一つではありません。
いつも相手に合わせている。
嫌われないように気を遣っている。
相手の機嫌を気にしている。
自分ばかり話を聞いている。
誘いを断れない。
SNSで友達の反応を気にしている。
本音を話せない。
さまざまな理由があります。
だから、「友人関係に疲れた」と思ったときには、まず「友達付き合いそのものが苦手」と決めつけるのではなく、
「具体的に、何に疲れているのだろう?」
と考えてみることが大切です。
具体例①|嫌われたくなくて相手に合わせてしまう
友人関係で疲れやすいパターンの一つが、いつも相手に合わせてしまうことです。
「どこに行きたい?」
と聞かれても、
「どこでもいいよ」
と答える。
本当は行きたくない誘いでも、
「断ったら嫌われるかもしれない」
と思って参加する。
自分とは違う意見でも、
「そうだよね」
と合わせる。
一つひとつは小さなことでも、これが続くと、自分が何をしたいのかわからなくなってしまうことがあります。
「嫌われないこと」が友人関係の目的になっていない?
もちろん、友人から嫌われたくないと思うこと自体は自然です。
でも、「嫌われないこと」が関係の最優先事項になると、友人と会っている時間も緊張が続きます。
「これを言ったらどう思われる?」
「断ったら感じが悪いかな?」
「つまらない人だと思われないかな?」
いつも相手の反応を予測しながら行動することになります。
すると、本来は楽しいはずの友人関係が、自分を評価される場のようになってしまいます。
アドラー心理学の「承認欲求」から考える
人から認められることは、嬉しいものです。
友達に「一緒にいると楽しい」と言われれば嬉しいですし、「あなたに相談してよかった」と言われれば、自分が役に立てたと感じることもあります。
問題は、承認されることそのものではありません。
「認められなければ、自分には価値がない」
となったときです。
友達から好かれること。
グループから外されないこと。
SNSで反応してもらうこと。
それらが、自分の価値を確認するために欠かせないものになると、友人関係に大きな不安が生まれます。
「好かれたい」と「好かれなければならない」は違う
「好かれたら嬉しい」
と、
「好かれなければならない」
は違います。
前者には余地があります。
後者には、失敗できない緊張があります。
すべての人から好かれることは、自分だけでは決められません。
どれだけ丁寧に接しても、相性が合わない人はいます。
自分を好きになってくれる人もいれば、そうではない人もいます。
友人関係を楽にするためには、「好かれなくてもいい」と無理に思い込むことではなく、
「好かれるかどうかまで、自分では完全には決められない」
と理解することが大切です。
ここで「課題の分離」を考える
アドラー心理学で有名なのが、「課題の分離」です。
たとえば、友人から食事に誘われたとします。
でも、その日は疲れていて休みたい。
自分には、
「今日は疲れているから、また今度行こう」
と丁寧に断ることができます。
では、その言葉を聞いた友人がどう思うでしょうか。
「わかった。また今度ね」
と思うかもしれません。
「付き合いが悪いな」
と思うかもしれません。
少し残念に感じるかもしれません。
その反応まで、自分が完全に決めることはできません。
自分の課題と相手の課題を分ける
自分の課題は、どう伝えるかです。
誠実に伝える。
必要なら理由を説明する。
相手への配慮を持つ。
そこまでは、自分が選ぶことができます。
でも、その言葉をどう受け取るかについては、相手側の領域があります。
相手に嫌われないために、いつも自分の希望を我慢する必要はありません。
逆に、「相手の課題だから」と何を言ってもいいわけでもありません。
自分の意思を伝えながら、相手も尊重する。
そのバランスが大切です。
課題の分離は「友達なんて気にしなくていい」ではない
課題の分離について、
「相手がどう思うかは相手の課題だから、気にしなくていい」
と理解されることがあります。
でも、それだけでは友人関係は築きにくくなります。
アドラー心理学は、人間関係を断ち切るために課題を分けるわけではありません。
むしろ、誰が何を引き受けるのかを整理したうえで、必要なところでは協力することを考えます。
友達が悩んでいるなら、話を聞くこともできます。
助けを求められたら、できる範囲で手伝うこともできます。
でも、友達の人生を代わりに生きることはできません。
適切な距離があるからこそ、協力できる関係もあります。

具体例②|友達の悩みを全部背負ってしまう
友達から相談されることが多い人もいます。
「仕事がつらい」
「恋人とうまくいかない」
「家族と喧嘩した」
話を聞いているうちに、自分まで気持ちが重くなる。
そして、
「自分がなんとかしてあげなければ」
と思う。
でも、他者を助けることと、他者の問題を全部背負うことは違います。
友達の人生を代わりに解決することはできない
相談を聞くことはできます。
自分の意見を伝えることもできます。
必要なら助けることもできます。
でも、最終的にどうするかを選ぶのは友人自身です。
恋人と別れるのか。
仕事を辞めるのか。
家族と話し合うのか。
それは、その人の人生の課題です。
「助けたい」という気持ちを持ちながらも、
「相手の人生まで、自分が責任を負わなくていい」
と考えることができます。
具体例③|自分ばかりが友達に気を遣っている
「いつも自分から連絡している」
「相手の話ばかり聞いている」
「自分が困っているときには、あまり話を聞いてくれない」
そんな関係に疲れることもあります。
友人関係は、必ずしも毎回完全に50対50になるわけではありません。
ある時期は、友達を助けることが多いかもしれません。
逆に、自分が助けてもらう時期もあります。
でも、長い間ずっと自分だけが無理をしているなら、
「この関係を、これからも同じ形で続けたいのだろうか?」
と考えてみてもいいでしょう。
「友達だから」何でも受け入れなくていい
「友達なんだから」
という言葉には、とても強い力があります。
友達だから誘いを断ってはいけない。
友達だから話を全部聞かなければならない。
友達だから秘密を共有しなければならない。
友達だからいつでも連絡を返さなければならない。
でも、「友達」という関係にも境界があります。
自分にも生活があります。
仕事があります。
一人になりたい時間もあります。
友達を大切にすることと、自分を後回しにすることは同じではありません。
友人関係と「横の関係」
アドラー心理学では、人間関係を「縦」だけでなく「横」の関係として考えることを重視します。
友人関係は、本来この横の関係をイメージしやすいものです。
どちらが上でも下でもない。
どちらか一方が相手を支配するのでもない。
お互いが一人の人間として存在し、必要なところで協力する。
ところが、友人関係でも上下が生まれることがあります。
「この人に嫌われたら困る」
「この人のほうが人気がある」
「この人に認めてもらいたい」
と考えると、いつの間にか相手を上に置き、自分を下に置いてしまいます。
「対等」とは何でも同じという意味ではない
友人同士でも、性格も能力も生活環境も違います。
収入が違う。
交友関係の広さが違う。
話すのが得意な人と、聞くのが得意な人がいる。
違いがあることと、人間として上下があることは別です。
相手を尊重する。
同時に、自分自身も尊重する。
その両方があって、対等な関係に近づきます。
具体例④|友達と自分を比較してしまう
友達は、自分と近い存在だからこそ比較しやすいものです。
同じ学校だった友達が、自分より先に昇進した。
友達が結婚した。
友達の収入が増えた。
友達のSNSが楽しそう。
すると、友達の幸せを喜びたいのに、どこかモヤモヤすることがあります。
「こんな気持ちになる自分は性格が悪いのかな」
と思うかもしれません。
でも、比較したり、劣等感を感じたりすること自体を、必要以上に責める必要はありません。
劣等感を「友達に勝つこと」へ向けない
「あの人のほうが成功している」
と感じたとき、
「自分も頑張ろう」
と思うこともできます。
一方で、
「あの人より上にならなければ」
と考えると、友人関係は競争になります。
友達の成功が、自分の敗北になる。
友達の幸せが、自分の不幸になる。
すると、本来は仲間であるはずの友人が、自分の価値を脅かす相手になります。
大切なのは、
「友達より上か、下か」
ではなく、
「自分はどんな人生を生きたいのか」
へ視点を戻すことです。
友達の成功は、自分の失敗ではない
友達が結婚した。
それは、友達の人生で起きた出来事です。
友達が昇進した。
それは、友達の仕事での成果です。
そこから、
「だから自分は遅れている」
「だから自分は失敗している」
と意味づける必要はありません。
友達の人生と、自分の人生は別のものです。
近い存在だからこそ比べたくなる。
でも、同じ道を同じ速度で進む必要はありません。
具体例⑤|LINEやSNSの返信に疲れる
現代の友人関係では、LINEやSNSも大きな負担になることがあります。
メッセージが来たら早く返さなければ。
既読をつけたのに返信しないと悪く思われるかもしれない。
友達の投稿には反応しなければ。
グループLINEについていかなければ。
いつでも人とつながれる便利さが、そのまま「いつでも反応しなければならない」というプレッシャーになることがあります。
返信の速さと友情の深さは同じではない
返信が早いから良い友達。
毎回SNSに反応するから仲が良い。
必ずしもそうとは限りません。
人には、それぞれ生活があります。
忙しい日もあります。
一人でいたい日もあります。
すぐに返事をする余裕がないこともあります。
自分自身にも、「今すぐ反応しない」という選択肢があって構いません。
大切な関係なら、必要に応じて自分のペースを伝えることもできます。
友達の数が多いほど幸せなのか?
友人関係に悩んでいると、
「もっと友達が多ければ」
と思うことがあります。
SNSでは、多くの人に囲まれている人が幸せそうに見えることもあります。
でも、友達の数と人間関係の満足度は同じではありません。
たくさんの友達がいても、本音を話せないことがあります。
数人しか友達がいなくても、安心して話せる関係を持っている人もいます。
アドラー心理学の交友の課題を考えるうえで重要なのは、人数を増やすことではなく、どのような関係を築いているかです。
「一人でいること」と「孤立すること」は違う
友人関係に疲れると、「もう誰とも関わりたくない」と思うこともあります。
一人の時間を持つこと自体は、悪いことではありません。
むしろ、人と関わるためにも一人で休む時間が必要な人はいます。
問題なのは、
「人は信用できない」
「どうせ傷つけられる」
と、すべての人間関係から可能性ごと閉じてしまうことです。
一人で過ごすことと、他者とのつながりを完全に拒むことは違います。
自分にとって心地よい距離を探すことが大切です。
友人関係と「他者信頼」
ここで、アドラー心理学の「他者信頼」という考え方が関係してきます。
他者信頼とは、
「誰でも絶対に裏切らないと信じること」
ではありません。
人を完全にコントロールすることはできません。
期待を裏切られることもあります。
意見が合わないこともあります。
関係が終わることもあります。
それでも、
「人とは協力できる可能性がある」
と見ることです。
信頼することと無防備になることは違う
人を信頼するからといって、何をされても我慢する必要はありません。
傷つけられたら距離を置く。
約束を繰り返し破る人とは、付き合い方を変える。
自分を尊重してくれない相手から離れる。
そうした選択もできます。
他者信頼とは、自分の境界線をなくすことではありません。
自分を守りながらも、人間関係そのものを敵として見ないことです。
友人関係には「変化」があってもいい
昔は毎日のように会っていた友達と、最近はほとんど会わなくなった。
そんなこともあります。
学生時代と社会人では、生活が変わります。
結婚する人もいます。
子育てを始める人もいます。
仕事が忙しくなる人もいます。
住む場所が変わる人もいます。
そして、自分自身の価値観も変わります。
だから、友人関係が変化すること自体を、「関係に失敗した」と考える必要はありません。
「昔は仲がよかった」に縛られなくていい
昔は気が合った。
でも、今は会うと疲れる。
そんな関係もあります。
「昔からの友達だから」
という理由だけで、同じ距離を保ち続けなければならないわけではありません。
会う回数を減らす。
連絡の頻度を変える。
少し距離を置く。
必要なら関係そのものを見直す。
人間関係にも、自分たちの変化に合わせた距離があります。
距離を置くことは「嫌いになること」ではない
人間関係では、
仲良くするか。
縁を切るか。
という二択で考えやすくなります。
でも、その間にはいろいろな距離があります。
毎週会っていた友達と、数カ月に一度会う。
毎日LINEしていた友達と、必要なときだけ話す。
グループでは会うけれど、二人ではあまり会わない。
距離を変えることも、人間関係を調整する一つの方法です。
「友人関係に疲れる自分は性格が悪い」と思わなくていい
友達と会いたくない。
連絡を返したくない。
少し距離を置きたい。
そう感じると、
「自分は冷たいのかな」
と思うことがあります。
でも、「疲れた」という感覚は、自分の状態を教えてくれていることもあります。
無理をしていないか。
気を遣いすぎていないか。
自分の希望を言えているか。
一方的な関係になっていないか。
疲れを否定するより、
「なぜ自分はこれほど疲れているのだろう?」
と考えてみることが大切です。
友人関係に疲れたときに考えたい7つの問い
1.具体的に、何に疲れている?
会うことなのか。LINEなのか。相手に気を遣うことなのか。話を聞き続けることなのか。
まず、疲れの正体を具体的にします。
2.私は「嫌われないこと」を最優先にしていない?
本当は嫌なのに、相手の評価を恐れて合わせ続けていないか考えます。
3.これは本当に自分が引き受ける課題?
友達の人生や感情まで、自分が何とかしようとしていないかを考えます。
4.自分の希望を相手に伝えている?
断りたい。休みたい。今日は話を聞く余裕がない。
言わずに我慢していないか考えます。
5.この関係は対等になっている?
どちらか一方だけが、いつも我慢したり、助けたり、決めたりしていないか見てみます。
6.今の距離は、自分たちに合っている?
昔と同じ頻度で付き合う必要があるのか考えます。
7.本当は、どんな友人関係を築きたい?
「嫌われない関係」ではなく、自分が大切にしたい関係について考えます。
友人関係を楽にするために「自分の希望」を少し伝えてみる
友人関係で疲れやすい人は、自分の希望を言わずに相手に合わせていることがあります。
でも、相手は、言われなければわからないこともあります。
「今日は疲れているから、また今度にしたい」
「最近ちょっと忙しいから、返信遅くなるかも」
「私はこっちのお店に行ってみたい」
そんな小さなことから伝えてみます。
いきなり大きな本音をすべて話す必要はありません。
自分を少しずつ関係の中に出していくことです。
本音を言えば必ず関係が良くなるわけではない
もちろん、自分の希望を伝えれば、すべての友人が理解してくれるとは限りません。
相手が不満を持つこともあります。
意見が合わないこともあります。
それでも、自分を完全に隠し続けなければ成立しない関係が、自分にとって本当に心地よい関係なのかを考えることはできます。
相手の反応をすべてコントロールすることはできません。
でも、自分がどのような関係を築こうとするかについては、選ぶことができます。
「好かれること」から「協力できること」へ
友人関係に疲れているとき、私たちは、
「相手からどう思われている?」
ということばかり考えます。
でも、問いを少し変えてみます。
「この人とは、どんな関係ならお互いに心地よいだろう?」
と考えるのです。
相手に合わせるだけでもない。
自分の希望だけを押し通すのでもない。
話し合う。
譲れるところは譲る。
無理なところは伝える。
必要なときは助ける。
自分も助けてもらう。
そうした協力の中に、対等な友人関係があります。
アドラー心理学の「共同体感覚」と友人関係
アドラー心理学で重要なのが、「共同体感覚」です。
自分は共同体の一員である。
他者は仲間になりうる。
そして、自分にも共同体の中でできることがある。
この感覚です。
友人関係に当てはめるなら、
「友達に認めてもらわなければ」
ではなく、
「この人とは協力できるかもしれない」
という見方になります。
友達は、自分の価値を採点する存在ではありません。
自分も、友達を自分の思いどおりにするために関わるわけではありません。
それぞれ違う人間として存在しながら、必要なところで支え合う。
そこに共同体感覚につながる関係があります。

友達は「多いほうがいい」わけではない
共同体感覚というと、
「たくさんの人と仲良くしなければ」
と思うかもしれません。
でも、そういう意味ではありません。
すべての人と親しくなることはできません。
相性の合う人もいれば、合わない人もいます。
大切なのは、友人の人数を増やすことではなく、他者をすべて敵として見ず、自分なりの形で社会とつながっていくことです。
数人の大切な友達。
職場の人。
家族。
地域の人。
さまざまなつながりがあります。
友人関係から「幸福」を考える
友達が多い。
人気がある。
誘われることが多い。
それが幸福のように見えることがあります。
でも、本当に大切なのは、
「何人に好かれているか」
だけでしょうか。
自分の話をできる。
相手の話も聞ける。
無理なときには断れる。
助けたり、助けてもらったりできる。
久しぶりに会っても安心できる。
そうした関係にも、幸福があります。
友人関係は、自分の人気を証明するためのものではありません。
人とともに生きる経験そのものでもあります。
「誰からも嫌われない」より「自分にも相手にも誠実な関係」
すべての人から好かれることはできません。
自分の希望を言えば、意見が合わないこともあります。
距離を置けば、相手が不満に思うこともあります。
でも、誰からも嫌われないことを優先し続けると、自分の気持ちをずっと隠すことになります。
目指すのは、
「誰からも嫌われない人」
ではなく、
「自分にも相手にも、できるだけ誠実に関われる人」
と考えてみます。
それなら、友人関係に少し余白が生まれます。
まとめ|友人関係に疲れたら「嫌われないこと」より「どんな関係を築きたいか」を考える
友人関係に疲れた。
そう感じたとき、
「自分は人付き合いが苦手なのかな」
「こんなことを思う自分は冷たいのかな」
と責める必要はありません。
疲れているという感覚は、
「今の関わり方を少し見直したほうがいい」
というサインになっていることもあります。
いつも相手に合わせていないか。
嫌われることを恐れていないか。
友達の問題まで背負っていないか。
自分ばかり無理をしていないか。
今の距離が、自分たちに合っているか。
一つずつ考えてみます。
アドラー心理学の「課題の分離」から考えるなら、自分にできることと、相手にしか決められないことを分けることができます。
自分の意思を伝える。
誠実に関わる。
必要なら謝る。
助けられるときには助ける。
そこまでは、自分が選べます。
でも、それを相手がどう受け取るかまで、完全に決めることはできません。
そして、「友達だから」と、自分をいつも後回しにする必要もありません。
少し距離を置くこともできます。
返信を急がないこともできます。
断ることもできます。
関係の形を変えることもできます。
大切なのは、友達を切り捨てることではありません。
自分と相手の両方を尊重できる距離を探していくことです。
「哲学を学ぶことを、もっと日常に。」
次に友達からの連絡を見て、「また無理して合わせなければ」と感じたとき。
一度だけ、問いかけてみてください。
「私は今、嫌われないためにこれを選ぼうとしている?」
そして、もう一つ。
「私は、この人と本当はどんな関係を築きたい?」
友人関係とは、誰かに認めてもらうための試験ではありません。
自分を隠し続けることでもありません。
自分と相手が、それぞれ一人の人間として存在しながら、必要なところで協力する。
アドラー心理学から考えると、そこに「交友の課題」と向き合う一つのヒントがあります。