アドラー心理学の「他者信頼」とは?人を信じる意味をわかりやすく解説

アドラー心理学の「他者信頼」とは?

「人を信じて、裏切られたらどうしよう」

「本音を話したら、嫌われるかもしれない」

「結局、自分のことは自分で守るしかない」

人間関係で傷ついた経験があるほど、

「他人を信じること」

は簡単ではありません。

そんなとき、アドラー心理学について学んでいると、

「他者信頼」

という言葉に出会うことがあります。

しかし、

「誰でも無条件に信じなければならないの?」

「明らかに信用できない人まで信じるの?」

と疑問に思うかもしれません。

もちろん、そういう意味ではありません。

アドラー心理学の考え方から他者信頼を理解するときに大切なのは、

「相手を自分の思いどおりに管理しなくても、ひとりの人間として尊重して関わること」

です。

信頼とは、

「絶対に裏切られないと保証されている状態」

ではありません。

むしろ、

相手には相手の考えと選択があることを認めながら、それでも関係を築こうとすること

に近いものです。

この記事では、アドラー心理学の考え方から「他者信頼」とは何なのか、仕事・恋愛・友人関係など身近な具体例を交えながら、初心者にもわかりやすく考えていきます。


他者信頼とは?

他者信頼とは、文字どおり、

「他者を信頼すること」

です。

ただし、

「この人なら絶対に裏切らない」

「この人の言うことは全部正しい」

と思い込むことではありません。

アドラー心理学では、人間を一人きりで完結した存在とは考えません。

人は、

家族。

友人。

恋人。

職場。

地域。

社会。

といった、他者との関係のなかで生きています。

そのため、

「人とどう関わるか」

はアドラー心理学の中心的なテーマです。

現在のアドラー心理学でも、人間の問題や目標は根本的に対人関係のなかにあると考えられています。

そのなかで他者を、

「いつ自分を攻撃するかわからない敵」

としてだけ見るのではなく、

協力できる可能性を持った存在として見る。

これが他者信頼を理解する大きな手がかりになります。


他者信頼は「誰でも信じること」ではない

ここは最初に明確にしておきたいポイントです。

他者信頼とは、

すべての人を無条件に信用すること

ではありません。

たとえば、

何度も約束を破る人。

嘘を繰り返す人。

自分を傷つける人。

危険な行動をする人。

そうした相手に対して、

「アドラー心理学だから信じなければ」

と考える必要はありません。

必要なら距離を置く。

約束の仕方を変える。

関係を見直す。

場合によっては関係を終える。

そうした選択もできます。

つまり、

信頼することと、自分を無防備にすることは違います。


「信用」と「信頼」はどう違う?

他者信頼を理解するとき、

「信用」と「信頼」を分けて説明されることがあります。

一般的な言葉の使い方として考えるなら、

信用は、

「実績や条件をもとに判断すること」

に近いでしょう。

たとえば、

「過去5年間、一度も返済が遅れていないから信用できる」

というような判断です。

一方で信頼は、

過去の実績だけではなく、

「相手を一人の人間として尊重し、関係を築こうとする姿勢」

と考えることができます。

ただし、この区別を厳密なアドラー心理学の公式用語として扱う必要はありません。

重要なのは、

相手をコントロールできるから関わるのではなく、相手にも自由な意思があると認めたうえで関わる

という点です。


他者を信頼するのが怖いのはなぜ?

人を信頼することにはリスクがあります。

信じたのに裏切られるかもしれません。

好意を向けても、同じ気持ちが返ってこないかもしれません。

本音を話しても、理解してもらえないかもしれません。

だから、

最初から信じなければ傷つかない

という考え方もできます。

これは、自分を守る方法としてはとても合理的です。

しかし、

誰も信じないことによって、

傷つく可能性を減らせる代わりに、

深い関係を築く可能性も減ってしまいます。

他者信頼には、

「傷つかないこと」

と、

「人とつながること」

の間でどう生きるのか、という問題があります。


他者信頼は「勇気」の問題でもある

誰かを信じるということは、

必ず結果が保証されているわけではありません。

相手がどうするかは、完全にはわかりません。

だからこそ、

他者信頼には、

勇気

が必要になります。

「絶対に裏切られないと証明されたら信じる」

のであれば、そこにはほとんどリスクがありません。

しかし現実の人間関係には、

完全な保証はありません。

それでも、

「この人と関係を築いてみよう」

と思う。

ここに信頼があります。


他者信頼と「課題の分離」はどうつながる?

他者信頼を理解するうえで重要なのが、

課題の分離

です。

たとえば友人に、

「困っているならいつでも相談してね」

と伝えたとします。

これは自分の行動です。

しかし、

相手が相談するかどうか。

自分を信頼してくれるかどうか。

は相手側の課題です。

自分には、

誠実に接する。

約束を守る。

話を聞く。

できないことは正直に伝える。

ということはできます。

でも、

相手に自分を信じさせることまではできません。

逆も同じです。

自分が相手を信頼したからといって、

相手が必ず期待どおりに行動するとは限りません。

この境界を理解することが、

他者信頼には必要です。


信頼することは「相手を支配しないこと」でもある

他者を信頼できないとき、

私たちは相手を管理したくなることがあります。

恋人なら、

「今どこにいるの?」

「誰といるの?」

「どうして返信が遅いの?」

と確認する。

子どもなら、

「ちゃんと勉強した?」

「宿題見せて」

「本当にやったの?」

と何度もチェックする。

部下なら、

細かく進捗を確認する。

すべて自分のやり方どおりにさせる。

もちろん、確認が必要な場面もあります。

しかし、

「自分が安心するために、相手の行動を完全にコントロールしようとしていないか」

は考えてみる価値があります。

信頼するということは、

相手にも選ぶ力があると認めることでもあります。


具体例1|恋人の返信が遅い

恋人にメッセージを送りました。

でも、数時間返信がありません。

すると、

「誰か別の人といるのでは?」

「もう自分のことが好きではないのでは?」

と不安になることがあります。

そこで、

何度もメッセージを送る。

オンライン状態を確認する。

SNSをチェックする。

こうした行動をしたくなることもあるでしょう。

他者信頼の視点では、

自分にできることと相手の選択を分けます。

自分には、

気持ちを伝える。

必要なら連絡について話し合う。

関係について希望を伝える。

ということができます。

しかし、

相手がいつ返信するかまで支配することはできません。

信頼とは、

不安をまったく感じないことではありません。

不安があっても、

相手の自由まで奪わないこと

でもあります。


具体例2|友人に本音を言えない

「本当のことを言ったら嫌われるかもしれない」

と思って、

友人にいつも合わせてしまう。

本当は行きたくない。

でも、

「いいよ」

と言う。

本当は傷ついた。

でも、

「大丈夫」

と言う。

これは一見、関係を守っているように見えます。

しかし、

相手が自分の本音を受け止めてくれる可能性を、最初から信じていない

とも考えられます。

もちろん、何でもすべて話す必要はありません。

でも、

少しずつ自分の気持ちを伝える。

相手がどう反応するかを見てみる。

信頼関係は、

そうした小さなやり取りから作られていきます。


具体例3|仕事を人に任せられない

仕事でも他者信頼は現れます。

「自分でやったほうが早い」

「任せたら失敗するかもしれない」

と思って、

すべて自分で抱える。

すると、

自分は疲れていきます。

一方で、

周囲も仕事を任せてもらえないため、経験を積めません。

もちろん、

何も確認せず全部任せる必要はありません。

必要な説明をする。

期限を共有する。

困ったときに相談できる状態を作る。

そのうえで、

相手に任せる。

信頼とは、

「絶対に失敗しないと思うこと」

ではなく、

失敗の可能性も含めて、相手が取り組む余地を残すこと

でもあります。


具体例4|子どもを信じられない

親子関係でも、

「この子に任せて大丈夫だろうか」

と不安になることがあります。

宿題。

進路。

友人関係。

生活習慣。

心配だから、

親がすべて決めてしまう。

しかし、

相手の課題をすべて引き受けてしまうと、

子ども自身が考え、選び、結果を経験する機会が少なくなることがあります。

アドラー心理学の課題の分離では、本人の課題を勝手に肩代わりせず、必要なら共同の課題として話し合い、協力することが重要とされています。

他者信頼も同じです。

「放っておく」

のではありません。

「あなたにも考え、選ぶ力がある」と見る。

そのうえで、

必要なら助ける。

これが信頼に近い関わり方です。


具体例5|一度裏切られた人を、もう信じられない

信頼を考えるうえで難しいのが、

過去に裏切られた経験です。

約束を破られた。

嘘をつかれた。

秘密を話された。

そんな経験があれば、

「もう人なんて信じない」

と思うこともあるでしょう。

その気持ちを無理に否定する必要はありません。

そして、

裏切った相手を再び信じなければならないわけでもありません。

他者信頼とは、

「何をされても信じ続けること」

ではないからです。

重要なのは、

一人の人から裏切られた経験によって、

「すべての人は信じられない」

と世界全体まで固定してしまう必要があるか、ということです。

新しく出会った人まで、過去の誰かと同じ人ではありません。


他者信頼と「自己受容」はどうつながる?

他者信頼の前には、

自己受容

が関係してきます。

なぜなら、

自分に自信がないほど、

「嫌われたらどうしよう」

「否定されたら耐えられない」

と感じやすくなるからです。

もし、

「誰かから否定されたら、自分の価値までなくなる」

と思っているなら、

人間関係はとても怖くなります。

しかし、

「相手からどう評価されても、自分は自分として生きていける」

という感覚が少しずつ育つと、

他者にも心を開きやすくなります。

自己受容とは、

自分が完璧だと思うことではありません。

不完全な自分を認め、

それでも生きていくことです。

その土台があると、

他人の反応を以前ほど恐れずにすむことがあります。


他者信頼と「承認欲求」

他者を信頼することと、

他者から承認されることも違います。

承認を求めすぎると、

「相手から好かれているか」

「評価されているか」

ばかりが気になります。

すると、

相手との関係が、

「仲間でいられるか」ではなく「自分を評価してくれるか」

になってしまいます。

アドラー心理学では、他者から承認されたいという自然な感情そのものを否定するわけではありませんが、承認されることだけを目的に生きることは共同体感覚とは異なると説明されています。

他者信頼では、

「この人は自分を認めてくれるか」

ではなく、

「この人と、どんな関係を築けるだろう?」

へ視点を移します。


他者信頼と「共同体感覚」

そして、他者信頼の先にあるのが、

共同体感覚

です。

アドラー心理学では、人間は社会のなかに組み込まれた存在であり、他者との協力や共同体への貢献が重視されています。

共同体感覚を育てるには、

他人をずっと、

「敵」

「競争相手」

「自分を評価する人」

としてだけ見ることはできません。

ある程度、

「人とは協力できるかもしれない」

と見る必要があります。

つまり他者信頼は、

共同体感覚につながる重要な姿勢だと考えることができます。


「他人は仲間である」と考えるとは?

アドラー心理学について学んでいると、

「他者は敵ではなく仲間として見る」

という考え方に出会うことがあります。

これは、

「世界中の人と仲良くする」

という意味ではありません。

気が合わない人もいます。

苦手な人もいます。

距離を取るべき人もいます。

それでも、

「人間関係は、必ず勝ち負けで考えなければならないものではない」

と考える。

自分より成功している人を見ても、

「自分の負け」

と考えなくていい。

意見が違う人を見ても、

「敵」

と決めなくていい。

必要なところでは、

協力することができます。


信頼と期待は違う

他者信頼について考えるとき、

もうひとつ分けておきたいのが、

信頼と期待

です。

たとえば、

「私はあなたを信頼しているから、必ずこうしてくれるよね」

という言葉。

一見すると信頼のようですが、

実際には、

相手への期待

になっている場合があります。

「自分が信頼したのだから、相手は期待どおりに行動するべきだ」

となれば、

信頼が条件付きになります。

本当の意味で他者を尊重するなら、

相手には、

自分とは違う選択をする可能性

もあります。

その選択を見て、

自分が関係をどうするかは自分で決める。

ここでも課題の分離が関係してきます。


信頼して裏切られたら「自分が間違っていた」のか?

誰かを信じて裏切られると、

「人を信じた自分がバカだった」

と思うことがあります。

しかし、

必ずしもそうとは限りません。

相手を信じること。

相手が約束を破ること。

これは別の問題です。

自分が信頼を向けたからといって、

相手の行動まで自分の責任になるわけではありません。

信頼するかどうかは自分の選択。

その信頼にどう応えるかは相手の選択。

ここを分けることが大切です。


「信頼する」と「境界線を持つ」は両立する

他者信頼を大切にすると、

「人を疑ってはいけないのでは?」

と思うかもしれません。

しかし、

適切な境界線を持つことと、

他者を信頼することは両立します。

たとえば、

友人だからお金を何度でも貸す。

恋人だからスマートフォンを自由に見せる。

家族だから何を言われても我慢する。

これが信頼とは限りません。

信頼していても、

「これは嫌だ」

と言えます。

「ここまではできるけれど、ここからはできない」

と伝えることもできます。

自分を守りながら、

他者を尊重する。

それで構いません。


他者信頼を育てる5つの問い

人を信じることが怖いときは、次のような問いを考えてみるとよいでしょう。

1.私は「この人」を見ているだろうか?

過去に裏切った人と、

目の前の人を重ねていないか考えます。

目の前の相手には、

その人自身の行動があります。


2.私は「信頼」と「保証」を混同していないだろうか?

信頼には、

絶対の保証はありません。

保証されていないからこそ、

信頼という選択があります。


3.私は相手を信じる代わりに、管理しようとしていないだろうか?

連絡。

行動。

選択。

すべてを自分が管理しないと安心できない状態になっていないか考えてみます。


4.相手の行動と、自分の価値を結びつけていないだろうか?

相手が返信しなかった。

相手が自分を選ばなかった。

だから、

「自分には価値がない」

とは限りません。

相手の選択と、

自分自身の価値は別のものです。


5.この人とは、どんな関係を築きたいだろう?

最後に、

「どうすれば裏切られないか」

ではなく、

「どんな関係をつくりたいのか」

を考えます。

信頼は、

相手の行動を予測することより、

自分がどんな関係を目指すかに関係しています。


他者信頼は一度に完成するものではない

信頼というと、

「信じるか、信じないか」

の二択に見えます。

しかし現実には、

信頼は少しずつ育つことが多いものです。

小さな約束を守る。

本音を少し話す。

相手の話を聞く。

困ったときに助け合う。

間違ったら謝る。

こうした経験を重ねながら、

「この人とは協力できるかもしれない」

という感覚が育っていきます。

だから、

最初からすべてをさらけ出す必要はありません。

小さく信頼してみる。

相手の反応を見る。

また少し関係を深める。

そのくらいでも十分です。


他者信頼は「自分を信じること」でもある

少し不思議かもしれませんが、

他者信頼について深く考えると、

最後は自分自身への信頼にもつながります。

なぜなら、

他者を信頼するときには、

「裏切られる可能性」

までゼロにはできないからです。

そこで必要になるのは、

「もし期待どおりにならなくても、自分はその出来事に向き合える」

という感覚です。

つまり、

「相手が絶対に裏切らないから信じる」

ではなく、

「何が起きても、自分は自分の人生を生きていけるから、信頼することを選べる」

ということです。

ここで、

自己受容と他者信頼がつながります。


他者信頼は「自由」の問題でもある

さらに深く考えると、

他者信頼は、

自由

という哲学的な問題にもつながっています。

誰かを完全に管理できれば、

裏切られる可能性は低くなるかもしれません。

しかし、

管理された関係を、

本当に信頼関係と呼べるでしょうか。

他者を信頼するということは、

相手にも自由があることを認めること

です。

自分とは違う意見を持つ自由。

自分とは違う人生を選ぶ自由。

自分の期待に応えない自由。

その自由があるからこそ、

相手が自分との関係を選んでくれたとき、

そこに意味があります。


他者信頼は「人間は敵か、仲間か」という問い

アドラー心理学では、人間の問題を対人関係のなかで考えます。

だからこそ、

他者信頼を考えることは、

単に、

「この人を信じるかどうか」

という話だけではありません。

もっと大きく、

「自分は人間をどのような存在として見ているのか」

という問いになります。

人は基本的に敵なのか。

競争相手なのか。

自分を評価する存在なのか。

それとも、

違いはあっても、

協力できる可能性を持った存在なのか。

この人間観によって、

世界の見え方は大きく変わります。


自分を受け入れ、他者を信頼し、共同体へ向かう

ここまでの記事をつなげて考えると、

ひとつの流れが見えてきます。

まず、

自己受容。

不完全な自分を認める。

次に、

他者信頼。

他人をすべて敵として見るのではなく、関係を築く可能性を認める。

そして、

共同体感覚。

自分も他者も共同体の一員として、

「どう協力できるだろう?」

と考える。

この流れを見ると、

アドラー心理学が単に、

「自分らしく生きればいい」

という思想ではないことがわかります。

自分を受け入れた先に、

他者との関係があります。


まとめ|他者信頼とは「裏切られない保証」ではない

アドラー心理学の考え方から「他者信頼」を理解すると、

それは、

誰でも無条件に信じること

ではありません。

絶対に裏切られないと思い込むこと

でもありません。

そして、

自分を無防備にすること

でもありません。

他者には、

他者の考えがある。

他者の人生がある。

他者の選択がある。

それを認めたうえで、

「この人と、どのような関係を築いていこう?」

と考えることです。

信頼したからといって、

必ず期待どおりになるわけではありません。

相手が離れていくこともあります。

意見が合わないこともあります。

裏切られることさえあるかもしれません。

それでも、

人間関係から完全に傷つく可能性をなくそうとすれば、

人と深くつながる可能性も失われてしまいます。

だから、

信頼とは、

「絶対に大丈夫」

と思うことではなく、

わからない部分があっても、関係を築くことを選ぶこと

なのかもしれません。

自分を受け入れる。

相手を自分とは違う一人の人間として尊重する。

必要なら境界線を引く。

それでも、

協力できるところでは協力する。

そうして少しずつ、

「人は敵だけではない」

という経験を重ねていく。

哲学を学ぶことを、もっと日常に。

次に、

「この人を信じても大丈夫だろうか」

と不安になったとき。

答えを完全に予測しようとするのではなく、

少しだけ問いを変えてみてください。

「私は、この人とどんな関係を築きたいのだろう?」

他者信頼とは、

相手の未来を保証することではありません。

自分がどのように他者と生きるのかを選ぶこと。

そこから始まるのかもしれません。

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